花鎖に甘咬み


それでも胸を痛めて立ち止まる暇すらない。

真弓の広い背中に庇われながら、ときおり強く手をひかれながら、闇のなかを手探りに駆ける。

ふいに鉄の匂いが鼻先をかすめて、思わず真弓の手をきゅっと握ると。



「ちとせ? どした、疲れたか?」

「……ううん」



首を横に振る。



「ただ……、もし私がこの街に飛びこんでなかったら、これも、全部知らない世界だったんだなって、ちょっと思っただけ」



暗闇に息をひそめるなんて、知らないまま。
日が沈んでも、煌々と眩いシャンデリアの下で。


温室育ちだって花織さんに一蹴されるのもあたりまえだ。

息苦しいあの場所でさえ、この街と比べるなら、どれだけ恵まれた環境だったか、きっと私は知らなかった。




「……そうだな」




他になにか言うことはなく、真弓はそっと頷いた。

わずかに掠れたその声に違和感を覚えるけれど。




「だから、私はやっぱりここに足を踏み入れてよかったなって」
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