花鎖に甘咬み
「気色悪いって」
「目覚めて一番に視界に飛び込んでくるのが、ヤローの顔面なんて最悪じゃんねえ?」
「じゃあ伊織さんは目覚めて一番に何が見れたらうれしいんですか」
「そりゃあ、好きなコの顔とか?」
「……っ」
からかいたっぷりの調子で口にしたのち。
視線を軽く逸らして。
「ウソ。俺はせいぜい生意気で弱虫な弟くらいでじゅーぶん」
茶化すように零したけれど。
弟って、花織さんのこと、だよね……。
伊織さんのそれは冗談ではなく本音だと思った。
もちろん、私が踏み込める領域じゃない。
燈さんから〈薔薇区〉について聞いたあとでは、なおさら。
伊織さんや花織さんにだって〈薔薇区〉に入るきっかけになった過去があるということで……。
「真弓、起きて」
ひとまず真弓を起こすことに専念する。
伊織さんはというと、「朝ごはんでも用意しとくよ」と出ていってしまった。
どうやらこの場所には小さなキッチンもついているらしい。