花鎖に甘咬み


無意識にポケットを上からなぞると、ゴツゴツした感触。

すずらんのブローチは物心ついたときから私のそばにあって、気付いた時にはずっと重荷だった。




「昔から、ずっと嫌いだったのか」

「……どう、だろう」



そんなことを考える余裕がなかった。


抑圧されて、あの箱庭のなかでは、私が私じゃいられなくて……いつの間にか、思い出を振り返ることすらしなくなっていたけれど。



真弓の言葉に、久しぶりに記憶をたどる。

苦しいことの方が多かった気がする。私とお父様は根本的に価値観が違って、大切なものも優先順位も合わなくて、私が手放したくなかったものを、お父様は簡単に捨ててしまうから。



だけど。




『ちとせ、明日はちとせの誕生日だろう。ディナーを予約してあるんだ。母さんも一緒にみんなで行こう』

『どうしてお前の名前が “ちとせ” なのだと思う? ────ちとせの幸せが長く続くようにな。できるだけ苦労せず、平坦な道を歩いていってくれればいいんだ。ちとせは父さんと母さんの宝物だから』

『ちとせ。お前に執事をつけることにした。誰に狙われるかもわからない、ふさわしくない人間が寄ってくるかもしれない、護衛をつけるに越したことはないだろう。柏木は若いが優秀な男だ、信頼できる』




親子なのに破滅的に価値観が合わない。


高級で肩の力が抜けないフレンチより家庭料理の方が好きだし、平坦なだけのつまらない道よりも多少苦労してもほんとうにやりたいことを突きつめる人生の方がいいし、四六時中誰かに監視されるなんてやってられない。



……ああ、だけど。




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