花鎖に甘咬み
まるで、全部わかっていたかのようなタイミングで、ぴかぴかに磨かれた黒の革靴が現れる。
懐かしい声に顔を上げると、何も変わらない柏木がそこにいた。
『っ、柏木、どうして』
『お嬢様が泣いているような気がしたので』
何を考えているか一見わからないポーカーフェイスが、実は柏木のぎこちない微笑みだということを私は知っている。
幼い頃から知っている懐かしいその姿に安心したのと────、それからとてつもなく大きいものを失ったような喪失感が襲ってきて、また、涙がどっと押し寄せてきた。
『うっ、ぁああ』
ついさっきまで、この距離に……真弓が、いたのに。
頬を伝う涙に、柏木の手が伸びてくる。
拭ってくれようとしているのだとわかって、“大丈夫だ” と慌てて首を横にふって断った。
上書きしたくなかった。
真弓がふれた感触を、消したくない、忘れたくないの。
ぐずぐずと泣きじゃくる私が落ち着くまでのしばらくの間、柏木は何も言わず立ち去ることもなく、ただじっと立って見つめていた。こぼれる涙もなくなって、しだいに呼吸も落ちついてきて。
『柏木』
『はい』
『私のこと……嫌いなんじゃないの?』