花鎖に甘咬み
「北川グループの本社よ」
「……。何をたくらむおつもりで?」
「親子ゲンカには、準備が必要でしょ?」
柏木が目を見開いた。
どうやら予想外だったらしい。
────それもそうかもしれないな。
いやだいやだと嘆くわりに、私は、お父様と真っ向勝負することをどこかで避けてきたのだから。
「……どういう心境の変化ですか」
「一度くらいはお父様のことをぎゃふんと言わせなきゃ、気が済まないなって思い直したの! 考えてみればだよ? 私は北川ちとせ、何だってできるわ、自分の道くらい自分で切り開く!」
これくらいできなくって、どうするの。
うんうん、と頷く。このくらい強気に出る方が、私の性には合っている。
……それに、そんな私の背中を押してくれた人がいる。
私にならなんだってできるって、信じてくれている人がいる。
茨の向こうの姿を思い浮かべて、ぎゅっと手のひらを握った。
「だからね、あなたは、もう私の執事じゃないけれど……」
隣を歩く “元執事” を見上げる。
「唯月くん。私がお父様とケリをつけられるように、……友達として、協力してくれないかな」
ぺこりと頭を下げる。
今までは禁じられていた、主人が執事に頭を下げてはならないと。だけど……だけど、私はずっと。
ふ、とかすかな笑い声が聞こえる。
間髪入れずに、ぽん、と頭の上に手がのった。
「……!」
「そんなの、当たり前です。頼まれなくたってそうしますよ」
「っ、ありがとう……」
「そうと決まればさっさと行きますよ」
柏木が私の前に出る。
こうして後ろから見ることなんてほとんどなかった背中に、じわりとこみ上げてくるものがある。
ほんとうは、ずっと。
出会った時から、こうして対等な関係を築きたかったから。
“今さら遅い” なんてものは、ないのかもしれないと思った。