花鎖に甘咬み


お父様は小さく吐き捨てた。
そして私をじっと見つめる。



「だが、お前にはいずれ結婚してもらう。森宮でなくとも、園川や小泉の息子が────」

「……!」



ぎゅ、と唇を噛む。

だめだ、お父様は何も分かっていない。
これじゃあ何も伝わっていない。



「っ、どうして、お父様は私の結婚にこだわるのっ? 結局いいところのお坊ちゃまと私をくっつけて、政略結婚で入ってくるお金が重要なんでしょっ? お金だけなら、さっきの説明したとおり十分────」


「わからないか?」




ギロリとお父様の視線が私にまっすぐ向けられる。

こうしてしっかり受け止めるのはいつぶりだろう。


物心ついたときから、逃げてばかりいた。




「お前が幸せに生きていくために必要なことだろう」

「……え?」



お父様の口からこぼれたのは、耳を疑うような言葉だった。



「どういう、こと?」



「どうもこうも、そのままの意味だ。大体、何のために北川グループを軌道に乗せたと思っている? この家が安泰である限り、お前は未来を憂える必要がない。新規事業がなんだ? そんなもの、お前は考える必要がない。教育を受けた信頼のおける良家の男を婿に取れば、ちとせは楽に生きていけるだろう」



「っ、待って、まさかそんな理由で……」

「そんな理由?」



お父様は、眉間にぐっと皺を寄せた。



「ちとせは、母さんがどれほど苦労してきたか、わかるだろう。見てきただろう? 母さんは北川家というこの恵まれた素晴らしい家に生まれながら……俺と結婚したために、苦労することになった。教養も地位もない、ただのその辺にいるような俺を選んだせいだ」



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