花鎖に甘咬み


目から鱗が落ちる。

まさか、そんな理由でだとは今まで一度も考えたことがなくて────……でも、ようやく腑に落ちる。


お父様がこの“北川家”に異様なほどにこだわる理由は。必死になって“北川家”を守ろうとする理由は。




「お前には、そんな苦労はさせたくない。それがわからないのか」



息をのむ。



元々、由緒正しき北川の家のひとり娘として生まれてきたお母様。そんなお母様が恋に落ちて、選んだのがお父様。

いわゆる“良家”の育ちではなかったお父様は、当時、傾きかけていた北川グループを軌道に乗せるのにとても苦労したのだと、聞いたことがある。



血統を正式に継ぐ者ではないからと、相手にされなかったお父様への強い当たりの風向きを変えるためにお母様が前に立つことも多くて……元から、丈夫ではなかったお母様は体調を崩してしまって、今では表舞台からは退いている。


そのことを、お父様は思ったより気にしていていたのだと、今ようやく理解した。

堅い表情の奥にずっと、コンプレックスを秘めていたのだと。



ふ、と思わず笑みがこぼれる。




「……わかった。お父様の言いたいことは、全部わかったよ」

「なら────」



「でもね、お父様は勘違いしてる。私は一度も、平坦で楽な人生を望んだことなんてないっ! 誰かに用意してもらったおあつらえ向きの幸せでなんて喜べない! どんな道を誰と歩むかは、私が私自身で決めるわ。私がそういう人間だって、お父様ならわかるでしょっ?」



「……」



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