花鎖に甘咬み
「そもそもお父様の認識が間違ってるの。お母様は、お父様のせいで苦労したなんて絶対思ってないよ。そんなこともわからないの? わかるでしょ? お母様は、お父様がいたから幸せなの。他でもないお母様自身が選んだんだから。私だって、同じ考えだもん。……ママとパパの娘なんだから、当然でしょ?」
お父様が息をごくりと呑んだ。
苦虫を噛み潰したように、少し表情を歪めて。
「……随分、ハッキリ物を言うようになったな?」
「お父様に似てね」
「ははっ。────本当にな」
今度は私が動揺する番だった。
お父様が声を上げて笑うところなんて、いつぶりに見ただろう。氷塊が、少しずつ溶けて崩れていく。
目を丸くする私に、お父様は呆れたように息をついて。
「ちとせの言い分はわかった」
「……!」
「────好きにするといい。お前の人生は、お前のものだ」
幻聴かと思わず、耳を疑ってしまうほどあっさりと。
今の今まで体中を縛りつけていた鎖が、朽ちて落ちる。
「北川の名が重ければいつでも捨てればいい。背負っていたければ背負えばいい。ちとせの思うままに」
「いい、の?」
それはあまりに唐突なことで。
「そう言っているだろう」
「……ぅ、ぁ」
はくはくと口を動かすだけ、声も出ない。
そんな私に、お父様は背を向けて、書斎を出ていこうとする。
あんなに大きくて高くて、どうにもできないと思っていた背中。
こんなにも小さかったっけ。
コツ、コツと規則正しく刻まれる足音が、ほんの一瞬途切れて。
「悪かったな。今まで」
「……っ!」
もう、“囚われの身” なんかじゃない。
運命を悲観する必要もない。
それは、足枷が完全に外れたことを確信した瞬間だった。