花鎖に甘咬み

× × ×



「……泣かないんですね」

「このくらいで泣くもんですか」

「俺は、てっきりお嬢様は泣かれるのかと」




お父様がいなくなった書斎。
唯月くんが意地悪く顔を覗き込んでくる。

逃げるように、ふい、と顔を背けた。




「知っていたので。昔から、お嬢様がずっと葛藤されているところを、一番近くで見ていたのは……見ているだけだったのは、俺ですから」

「唯月くん」



言いたいことはいろいろあるけれど、とりあえず。



「お嬢様呼びはやめてって言った」

「……ああ、そうでした。“ちとせさん”」



それでよし、と頷く。



「それから、ありがと。唯月くんの力を借りなきゃ、たぶん、こんなに上手くいかなかったよ」

「俺は別に何もしてませんよ。あなたが解決したんです」

「ううん、ありがとう」




ぺこ、と深く頭を下げると。

少しうろたえた唯月くんは、数秒のち、神妙な面持ちで切り出す。




「これで、一件落着ですか」


< 290 / 339 >

この作品をシェア

pagetop