花鎖に甘咬み
「……捨てどきだと思った」
口にすると、同時に蘇る記憶がある。
『簡単に投げ捨てんな、一度捨てたもんは二度と戻ってこねえぞ。捨てどきっつうのは、ちゃんと考えろよ』
花織に向かって投げつけたブローチをそのままあっさり手放そうとしたちとせにかけた言葉。あれは、紛れもない本心だった。
一度手放したものが手のひらに戻ってくることがないということを、嫌というほど知っている。家族も感情も、まっとうな生き方も、とうの昔に捨てたきり、もう二度と戻ることはない。
手放すことの重みを知っている。
だからこそ、あのときしかなかった。
「頭が冷えた。……俺のそばに、あいつは、いるべきじゃない」
「それは……、あの子が怪我したから?」
「ああ」
柔肌に、刃先がかすめたその瞬間。
ちとせが痛みに表情を歪めたその瞬間。
目の前が真っ暗になった。
ここが、“そういう街” だということはわかっていたつもりだったのに、おかしいよな。
ちとせが傷つけられる可能性があるなんてことは、最初から織り込み済みだったはずなのに、いざ目の当たりにすると、一気に現実に引き戻された。
……まるで、今まで長い夢を見ていたみたいだ。