花鎖に甘咬み
幼い頃に与えられたありあまる絵本のなかのロマンスたち、白雪姫も眠り姫も白馬の王子様のキスを待って、目を醒ます。
ロマンチックだと思う。
私だって、人並みには────ううん、恋も愛も運命にも人並み以上に憧れている。
運命の人がどこかにいるって信じてる。
「……でも」
ただ、おとなしく目を閉じて、ベッドの上で。
王子様のキスを待っているだけのお姫様なんてまっぴらごめんなの!
王子様も運命も、私は自分で迎えにいく。
極上のロマンスはこの手で掴んでみせる。
ましてや、お父様の言いなりになんてなるもんですか!
「どうかお戻りください! ちとせ様ッ! ご主人様はちとせ様のことを思って────」
「いいえ戻らないわ! 北川の名はもう捨てるの! お父様にもそう言っておいて、私はもうこの家には戻らないから!」
「しかしちとせお嬢様────」
お父様が私のことを思っている、なんて、真っ赤な嘘。
ほんとうに私のことを考えているのなら、私の気持ちを無視して、勝手に縁談をすすめたりなんてしないもん。
お父様が考えているのは、財産と名声のことばかり。
娘ひとりしか産まれなかった北川家の存続と、北川グループの事業の数々。
頭のなかにはそれしかないの。
お父様はお父様の好きにすればいいと思う。
そんなに北川の家が大事なら、後生大事にしてればいい。
でも、私までその道具にされるのは、ぜったいゆるせない!
白身魚を口に運ぶことは結局なく、そのままガタンと立ち上がった私は、ここまで全力疾走で逃げ出してきたのだ。