花鎖に甘咬み
カラン、と乾いた音を立ててブローチが転がり落ちる。それを目で追うと同時に。
ふ、とかすかに鼻で笑うような声。
「完璧だわ、お前」
かすかに差し込む月光を背負って、長い足を蹴り上げた────のは罠だったようで、それをいなそうと身を翻した花織さんの脇腹に肘をめりこませる。
手練の動きだった。
真弓は、ほんとうに、慣れてるんだ。
「う、ぐ……っ、ぁ……」
痛みと、屈辱とそれからイロイロと。
何もかもないまぜに噛み殺すような呻き声を上げて、あんなに強そうにおぞましく見えた花織さんは膝からあっけなく崩れ落ちる。
捲りあがったシャツの裾からのぞく腰骨のあたりに、真紅の薔薇の紋章がくっきり浮かび上がっている。
〈赤〉である証拠だという、ソレ。
「ったく、花織は詰めが甘えんだよ。隙だらけの奴に負かされるほど俺は弱くねーしな、残念ながら〈猛獣〉なもんで」
「が……っ、あ」
「んじゃ、暫くおやすみ」
倒れて動かない花織さんのもとにしゃがみこんだ真弓は容赦なく手刀を叩きこんだ。
花織さんの瞼がふっ、とおちる。
気絶……かな。
「……え」
腰を屈めると、さらりと真弓の髪がなびいて。
うなじ、首筋が露わになる。
その場所に咲き誇るのは。
「……赤薔薇」
花織さんと、同じ……。
属する勢力が同じ、ってこと?
ええ? でも、明らかに敵対って感じだったし……、真弓、花織さんのこと倒しちゃったし。そもそも、花織さん、真弓のこと刺そうとしてたし。
あれは、本気の目、だった。
『マユマユ────本城真弓の後釜ってワケ』
ということは、つまり?
「なんだよ、うるせえな」
ふいに真弓のジト目が振り向く。
「……っ、私っ、なにも言ってませんけど!!」
「空気がうるせんだよ、言いたいことあるんならさっさと言え」
「空気……!?」
「ああ、ある種才能なんじゃねーの……ぶっ、ははっ」
とつぜん、吹き出す。
肩をふるふるとふるわせて、堪えようともせず笑い続ける真弓に首を傾げると。
「っ、くっ、ちとせの演説思い出しただけでウケるわ。あの状況であれはねーだろ」
「……!」
ぼ、ぼ、ぼ、と顔に血がのぼってくる。
もちろん恥ずかしさのあまり。
『誰が “オジョーサマ” ですってぇぇええええ!? こちとら裸足で家出ぶちかましてきた家なき子なんじゃいぃぃぃい!! オジョーサマなんて二度とごめんだわぁああああ!!!!』
わああー!!!
お願いだから記憶を消してほしい。
「っ、あれはとっさに! ふいをつけ、なんて真弓が言うから仕方なく!」
「だとしても予想の斜め上。つか、どんだけオジョーサマ呼び根に持ってんだよ」
「それは日頃のつもりにつもった鬱憤とか……とかとか……」
ぶつぶつと言い訳する私を面白そうににやにやと眺めていた真弓だけど、ふと目を細めて。
「つか、ちとせさあ、柵越えてきたっつったよな。ココに入るとき」
「……? うん」
「どっから来た」