花鎖に甘咬み
つまり、あのキスは────だからって、何になる? 手を伸ばしても、伸ばしても届かない、かすめた爪先があいつを傷つけるだけのものと知っているのに、認めたところで何になる?
忘れられなくても、会いたくて、喉から手が出るほど欲しくても、たとえ狂うほど好きだとしても。
肯定も否定もできず、苦虫を噛みつぶしたような煮えきらない反応をする俺に、くはっと燈は笑った。それはもう、屈託なく。
「真弓は、ほんと、馬鹿だなあ」
「あ゛?」
「やめなよ、もう。自分のことを感情のない〈猛獣〉だって卑下するの。真弓はさ、〈猛獣〉なんかじゃないんだよ」
燈は肩をすくめて俺を見つめる。
その瞳は柔らかく優しい光を宿していた。
「真弓はこの〈薔薇区〉に来てから、ずっと必死に押し込めようとしてたんだろうけどさ。あの子と会って、全部、思い出しちゃったでしょ。大切にしたい、守りたい、傷つけられるのが怖い、幸せでいてほしい、かわいい、愛しい、本当は一番そばにいたい────そんなこと考える猛獣なんて、いねーんだよ、馬鹿。真弓が“捨てた”と思い込んでる感情は、ひとつ残らず真弓の中に残ってる。真弓は、あの子と同じ、まっとうな人間だよ」