花鎖に甘咬み



言葉とはうらはらに、とがめるような口調じゃなく。

苦笑するような声のトーンにはどこか嬉しさがにじんでいた。



ぱ、と顔を上げると、目が合う。

真弓の瞳は逃げることなくまっすぐ私に向けられていた。




「会い、たかった」




ほろり、と本音がこぼれる。

真弓に突き放されたあのとき、言えなかったこと。




「あのね、私の帰る場所はちゃんとあったよ。お父様ともちゃんと話せたよ。真弓の言うとおり、私をしばりつけていたものは、簡単になくなって────でも、でもね、それだけじゃ、私、幸せになれないよ」


「……うん」



「好きなの……、真弓のことが、好きなの。私の未来には真弓がいなきゃ、意味がないんだよ。まだ、真弓と作ったシチューを食べてないし、真弓のピアノでヴァイオリンを弾いてないし、いっぱい、いっぱい真弓としたいことがあるの!」


「うん」



「私のわがまま、聞いてくれるっ?」




願うなら、きみと、一緒に未来がみたい。

明日の話を、明後日の話を、1年後の、それからずっと先の話を、きみとしたい。


出逢ったあの日とは反対だ。


私が差し伸べた手のひらに、真弓は迷わず手のひらを重ねて、もう離さないと言わんばかりに、ぎゅっと握った。

その手が震えていたのは気のせいだろうか。




「……ありがとう」



らしくないことを呟いて、きゅ、とさらに強く真弓が手に力をこめる。



「ちとせ」

「……っ」

「連れてってよ。俺を、見たことのない世界に」




< 319 / 339 >

この作品をシェア

pagetop