花鎖に甘咬み
「へ、いやいやいや……」
「入んねえの? 俺は入るけど」
あっさり私を置いて行こうとする。
ちょい待てや、真弓さんよ。
真っ黒なシャツの裾をぐいーっと引いて足止めをすると、真弓がジト目で見下ろしてくる。
「あ?」────なんて不服な声が聞こえてきそう、顔に書いてあるもん。
「こんないかにも悪のソークツみたいなとこ、のこのこ入れるわけないっ!」
突如現れた隠し扉に隠し通路。
どう考えてもアヤシイ、よね。
「ぶっ、ははっ、悪のソークツって」
「……なにか文句でも?」
「いーや、オジョーサマはボキャブラリーまで花畑なわけだ」
褒められては……ないな。
むしろ、これはからかわれてる?
楽しそうにくつくつ喉を鳴らす真弓は、ふいに私の顎を指先ですくい上げた。
強制的に、視線がかち合う。
「な……、なに?」
「いや? なんも」
とか言いつつ、じわり、じわり。
真弓の顔がゆっくりと近づいてくる。
まるで────
魔女の呪いで眠りこけるいばら姫を目覚めさせる王子様のような。唇と唇がふれる予感に、あわてふためく。
残念ながら、わたしはおとぎ話の中のいばら姫じゃない。
魔女に呪われてもいなければ、意識もはっきりしている。
どくん、どくん……うるさいのは、私の心臓?
真弓のキレーな顔が近づいてくるのを受け入れている自分にびっくりする、それでいいの?
「……」
もう、あと数センチ。
わずかに動けば唇がふれてしまう距離で、ふっと真弓が動きを止める。
そのままどういうわけか、じっと見つめてくる。
ポーカーフェイス、真弓が今何を考えてるかなんて全然わからない。涼しい顔してる。実際、何も考えてないのかも。
目を逸らしたら負けだと思って、必死に真弓の瞳をじーっと見つめたままでいた、ら。
「ふ」
吐息をこぼすように、真弓が笑う。