花鎖に甘咬み


「ぁ……」



放心する私をよそに、真弓はスタスタ歩いていく。

私を置いて、ぽっかり開いた隠し通路の中へ。


慌ててその背中を追いかけた。



「ね、ねえっ、今のっ」

「あ?」

「今の……キス、だよね……?」



カン違いじゃなければ。

ううん、あの生々しい感触……カン違いのはずがない。


火照って冷めない頬、赤く染まった私の頬を一瞥して、真弓は悪びれず軽く肩をすくめた。



「あー……、悪い、魔が差した」

「魔……?」

「ちとせがあんまりアホ面してっから」

「アホ!?」



またこのひと、アホって言った。
あんなに熱かった頬が一瞬にして冷めていく。



“魔が差した” だとか “アホ面” だとか。
ハッキリ聞かなくたって、わかってしまった。



────今のキスくらい、真弓にとっては、何の意味もないことなんだって。キスくらいで動揺している私が、真弓のことばを借りると、「アホ」みたいだ、ほんとうに。



なに……浮かれてるんだろう。

よりによってこんな状況で、しかも今日会ったばかりのひとに。




「……っ」




ていうか、冷静に考えると、真弓の今の行動、意味わかんなすぎる。



キス?

なんで、したの?
なんでそんな涼しい顔できるの?


ふと、花織さんの声が頭のなかでわんわんと響く。




『愛を知らない獣。人の心がないんや、せやからどんなむごいことでもできる』




キスがあんなに簡単にできたのは────人の心がないから?





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