花鎖に甘咬み
メインディッシュを放り出してきたことを思い出して、胸がきしむ。
ごめんなさい、と心のなかでとなえた。
料理長が考えてくれて、コックたちが私のために腕によりをかけて作ってくれた夕食を置いてきてしまって、ごめんなさい。
でも、それでも、もうあの場所には戻らない。
「もう私のことは放っておいて!」
「ちとせ様、それは」
「柏木! これは命令なの!」
柏木の黒い革靴がぴたりと縫いとめられたように止まる。幼いころから私ひとりに仕えていた執事は、この期に及んでも私に従順だった。
かわいそうな人生。
誰かに指図されて生きるなんて、私にはぜったいできない。そう考えたところで、長い長い廊下の端までたどりついた。
屋敷の北側の端。
ここは2階、ここなら────。
「柏木、それからみんな」
「お嬢様、そこからどう────」
「今まで私に尽くしてくれてありがとう、感謝してる。……っ、でも、ごめんなさい」
突き当たり、ひとつだけの大きな窓。
2階にあるなかで、この窓だけに格子がないことを、私は知っていた。
ガチャンッと勢いよく窓を開ける。
そこからは一瞬も迷わなかった。
「さようなら!」
窓枠に手をついて、跳び箱の要領で足を跳ねあげる。
後ろから慌てたような執事たちの声が聞こえたけれど、丸無視だ。
ぱ、と窓枠から手を離して。
ワンピースの裾をひらめかせながら、私は、月明かりだけの宵闇に飛びこんだ。