花鎖に甘咬み
それは、そうかもしれない。
あたりまえのように、ごく近くにひそむ “危険” について思考を張り巡らせている真弓と、私とでは、やっぱり全然違う。
生きてきた世界が、まるで違う。
この〈薔薇区〉では私の考えは、常に甘っちょろいのかもしれない。
真弓に 「アホ」って言われるのもしかたな……いやいや。
いやいや、それは認められない。
それに、じっさい真弓が言葉足らずなのも事実なんだし!
「教える、まではしてくれなくても大丈夫だってひとこと言ってくれれば、安心させてくれればよかったのっ」
「ちとせを安心させてどうすんだよ」
「え? だって、その方が、ほっとするし……」
「 “ほっと” ?」
「……わかんない、の?」
安心、ほっとする。
抽象的なワードを並べる私に、真弓の表情がだんだんと険しくなっていく。
フキゲン……というよりは、ほんとうに、純粋に疑問に思っているような。
本気で「安心」も「ほっとする」もわかっていない、ような……。
もしかして。
真弓は、知らないの?
誰しも生まれながらあたりまえに持つような感情を。
「ええと……安心っていうと……」
説明しようと言葉を探す、とすぐさま遮られる。
「いい」
「え、なんで……」
「知る必要ねーんだわ」
うざったそうな表情には本気の拒絶が滲んでいた。
私にも 〈黒〉の人たちにも、花織さんにでさえもそんな顔しなかった。
そんな……冷えきった、顔。
「────感情なんてのは、生きていく上で何の意味もない役立たず」
氷のような声できっぱりと言いきった真弓に「そんなことない」なんて言い返せなかった。
言い返したい衝動に駆られたけれど、言い返せるほど私のなかにも理由がない。真弓を納得させられるような理由なんて。
感情がいらない、なんてそんなことないと思うんだけどな。
でも……真弓の世界ではそうなのかもしれない。真弓と私とでは、住む世界が違うから。
真弓の生きる世界では感情は不要だと切り捨てるべきものなのかも、しれない。