花鎖に甘咬み
× × ×
「はあ、はあ、は─……」
ふー、と息をついて呼吸をととのえる。
心なしか、いつもより暗い夜。
目をこらしても、半径2メートルほどしか確認できない。街灯のひとつさえも、なかった。
急に心細くなって、膝をきゅっと抱える。
三角座り、ワンピースのすそからのぞく足にはいくつも擦り傷がついていた。
屋敷の窓から飛びだしたあのあと、私がどうしたかというと。
『……っ、と』
壁から少し張り出した屋根のようなところに、見事に着地を決めて。素足でそのまま北へ走る。
屋敷の北側には高く頑丈な柵がそびえ立っていた。
やたらとトゲトゲしたその柵は、地上からじゃ到底飛び越えられない。
おまけに柵のひとつひとつに、歴代の庭師たちが大切に育ててきたのであろう、太い茨が巻きついていた。
よじ登ろうものなら、手足のあちこちにトゲがするどく突き刺さるだろう。
────でも、屋根の上からなら。
『いけません、ちとせ様ッ!』
鋭い声に振り返ると、私が飛び越えてきた窓から身を乗り出して柏木が血相を変えて叫んでいた。
もちろん、ここまできて引き下がるはずもない。
助走をつけて、飛んだ。
茨の柵の向こうへ。
『────ちとせ様ッ、北区は、禁じられた “無法区域” なのですよ!』
柏木が何か言ったような気がしたけれど、生い茂る茨に遮られてほとんどが聞こえなかった。
“北区” ────そういえば、屋敷より北側って、今まで一度も行ったことがなかったかもしれない。
そう気づいたのは、ズザザザザッと激しく。
柵の向こうへ不格好な着地を決めたあとのことだった。