花鎖に甘咬み
柏木が、ずい、と一歩踏み込んで私たちに近づく。
威嚇するような鋭い視線を真弓に向けた。
「ちとせお嬢様さえ返してくだされば、あなたに悪いようにはしない」
相当鍛えられているのか、私は、生まれてからただの一度も柏木の口調が乱れるところを聞いたことがない。
真弓を前にしても、柏木は普段どおりの丁寧な話し方を崩さない……けれど。
「ただし、お嬢様を解放しないのであれば、こちらは容赦しませんが」
まとう空気がぴりぴりしている。
一触即発、その中で佇む真弓と柏木はジリジリと火花を散らしているようにも見えた。
真弓はふっ、と息を短く吐き出して、それから口を開く。
「返さねえよ。コイツはもう俺のものなんだし?」
「いい加減なことを言わないでいただけます? こちらも、戯言に付き合っていられるほど暇ではないんですよ」
「つーかさ、ちとせとの合意は取れてんの?」
「は……?」
「お前らんとこの大事な大事なオジョーサマは、もうソッチに戻るつもりはないっつってるけど」
な、と真弓が目配せしてくる。
どうやら私にも口を開くチャンスをくれるらしい。
「柏木」
呼べば、柏木の背筋がぴんと伸びる。闇のなかでもわかるほど、ぴかぴかに磨かれた革靴の先がぴたりと揃った。
条件反射になっているのだと思う。10何年も続けていれば、体にすべて染みついているのだろう。
────ほんと、主従関係なんて、ろくなものじゃない。