花鎖に甘咬み
「私、言ったよね」
言い聞かせるように、柏木の目をじっと見つめて、口を動かす。
「『北川の名はもう捨てる』、『もう家には戻らない』って。それに、こうも言ったでしょ。『もう私のことは放っておいて』って」
「それは────」
「忘れたとは言わせないわ。だって、数時間前のことよ」
柏木がぐっと言葉に詰まる。
ごめんね、私、今からあなたにひどいことを言う。
「どうして私を探したりしたの?」
「っ、お嬢様が、心配、で」
「私の命令に背いて?」
柏木の顔から色がサッと消える。
どこまでも従順でかわいそうになってくる────けれど、もうそれも終わりだ。
「もう二度と言わせないで。私のことは放っておいて。柏木も、みんなも、私のことなんかさっさと忘れて、いなかったことにして……自由になって」
「……!」
「お父様には、全部私が勝手にしたことだって言いつけてくれればいいから」
「……」
「ごめんね、わがままお嬢様で」
柏木はぴくりとも動かない。
固まったまま、私をぼんやり見つめている。
「真弓」
「もういいのか」
「うん。大丈夫」
私を抱えた真弓の足がゆっくりと動いて、柏木から離れていく。
このまま無事に逃れられる────と思ったのだけれど。
そう、上手くはいかないらしい。
「追え!!」