君が君だから俺は君に愛を告げる
同期会にて
佐山のその強烈なインパクトは、違う部署に配属された後も、忘れられなかった。廊下やエレベーターですれ違う時、俺は舞い上がらんばかりにドキドキしながら挨拶をするのに、佐山は全く興味なさそうに「ああ、お疲れ」と答えて終わり。何だ、その返事は⁉︎ お前は男か⁉︎ せめて「様」をつけろ、「様」を! 「お疲れ様」って。

 だけど、俺がそんなことを思ってるなんて、夢にも思わない佐山は、同期会で一緒になっても、近寄ろうともしない。俺から近付こうにも、俺を取り囲んだ女子たちにはばまれる。

 しかし、そんな環境もデメリットばかりではなかった。入社から1年半後、何かと噂好きな女子から、耳寄りな情報がもたらされた。

「そういえば、佐山さん、彼氏と別れたらしいね」

えっ、マジか⁉︎

俺が食いつく前に他の女子が相槌を打つ。

「そうそう! 年下の彼だよね。やっぱりさぁ、学生じゃ、社会人の大変さは理解できないんじゃない? 特に、佐山さんは広報だから、休日出勤とか残業もあるし」

そうか。確かに、自分が暇なのに、彼女が構ってくれなければ、甘えた学生なら不満を漏らしてもおかしくはないな。

 俺は、トイレに立ったタイミングを利用して、佐山の向かいに座った。

「佐山、飲んでるか?」

俺が、酌をしようと、そこにあったビール瓶を持ち上げると、佐山は手元のロックグラスを持ち上げた。

「ごめん。私、ビールじゃないの」

そう言って彼女は、グラスを揺らして見せる。それは、綺麗なブルーグリーンの透き通ったカクテルで、大きめに砕かれた氷がキラキラと光を放って浮かんでいる。

「それ、何?」

何気なくした質問に驚きの答えが返ってきた。

「ん? 飲んでみる?」

マジか⁉︎

たかが間接キスに、俺は中学生のように舞い上がる。

グラスを受け取った瞬間に、大きな氷がカランと揺れた。俺は、ドキドキしながら、それに口を付ける。

「……ぅわっ! 何だ、これ⁉︎」

たかがカクテルなのに、喉が焼けるかと思った。驚く俺を、佐山はくすくす笑いながら見てる。

「エメラルド・ミストよ。甘くておいしいでしょ?」

どこがおいしいんだ⁉︎
いや、確かに甘いけど!
アルコール、強すぎじゃね⁉︎

「お前、いつもこんなの飲んでるのか?」

「まぁね。お子ちゃまの柏崎には、まだ早かったかな」

俺からグラスを奪い返した佐山は、何事もなかったかのように、そのグラスに口を付けた。

 お子ちゃま扱いされた俺だが、せっかくのチャンスをここで引き下がるわけにはいかない。なおも会話を続けようとしたその時、貸し切りの狭い店内に高い声が響いた。

「柏崎くーん、ビール残ってるよ」

1番ウザい女が俺の黒ビールが入ったグラスを揺らしている。

ふざけんなよ。
ほっといてくれ。

無視しようとした俺に、佐山が言った。

「行けば? 待ってるよ」

「いいよ。待ってろって言った覚えねぇし」

いつもなら、空気を読んで、絶対にそんなこと言わないんだが、アルコールが回ってたのかもしれない。つい、本音を言ってしまった。

 その直後、佐山の表情が一変した。

「待っててくれることを当たり前だと思わないで! 待っててくれなくなってから後悔したって、遅いんだからね」

そう言った佐山の目が潤んでいたのは、アルコールのせいじゃなかったと思う。

 俺はきっと、佐山の地雷を踏んだんだ。もしかしたら、元カレから「もう待てない」みたいなことを言われてふられたのかもしれない。

 佐山は残ってたカクテルを一気に飲み干すと、

「ごめん。先帰るね」

と隣の女子に告げて、スッと立ち上がり、そのまま足取りもしっかりと帰っていった。

いつも、あんなに気丈な佐山が泣くなんて……


 俺は、それ以来、佐山に近寄ることも出来ず、ただ遠くから眺めていた。

全く、情けない男だよ。

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