「指輪、探すの手伝ってくれませんか」

 見なくても分かる。今の私の顔を言葉で表すならば【ぽかん】だろう。インテリっぽく言うならば【唖然】である。

「………………は?」

 何度目の疑問符だろうか。たった一瞬の接触から解放されたその口で吐き出したそれは、酷くまぬけだ。ぱちりと瞬かせてから目の前の薄茶色を見る。
 かちり、視線と視線がぶつかり合い、漂う沈黙。されど目は口ほどに何とやらなのか、愛おしい者を見ているかのようにやんわりと丸みを帯びていくその瞳。にわかに欲の孕んだそれを見て、途端に理解する。
 あ、こいつ。私と彼女を間違ってやがるな、と。
 しかし間違いに気付いていない愚かな酔っ払いは、私の首筋にすりすりと頭を擦り付けてくる始末。
 犬か、貴様。つうか、くすぐったいわやめい!
 横に押し退けて、一度だけ顔か腹をぶん殴らせてもらって帰ろう。そうだそれがいい。

「っ、」

 思い立ったが吉日とばかりに利き手を持ち上げた瞬間、ちくりと走る痛み。すりすりされていた場所にそんなもんが走った日にゃ、そりゃ力加減だって間違えるよって話で。気付けば私は、持ち上げたばかりの利き手で酔っ払いクソ野郎の頭をベッドに押し付けながら、うつ伏せになった酔っ払いクソ野郎の背中に馬乗りになっていた。
 ぱたぱた手足を動かして「んん~んんっん~」と何やらほざいているけれど無視だ無視。そう決意すれど、ものの数秒で手足はぴたりと止まり、声も聞こえなくなる。
 ふぅ、寝たか。
 大人しくなったそれに安堵しつつ、念の為、呼吸を確認。チッ。生きてた。
 はてさてしかし。どうしたものか。キスに続いて、キスマークとは。確認なんてしていないけれど、そこそこの痛みだった。経験則のみでモノを言えば、十中八九ついている。酔っ払いクソ野郎の頭の中では彼女さんとイチャラブ展開だったのだろうけど、現実とは何ともまぁ残酷だ。私としては直ちにここを去るのが最善なのだろう。だがしかし、明日は土曜で明後日は日曜、そんでもって月曜は祝日という本来なら嬉しいはずの三連休。この、すぴすぴ呑気に寝ている酔っ払いクソ野郎の記憶が朝日と共にどこかしらに昇るのならば問題はない。記憶があったとしても、三連休の間と火曜に出社して私が事の顛末を説明するまでに彼女さんには会わない連絡もしないというのならそれはそれで問題はない。だが万が一、三連休の間に彼女さんに会う、もしくは連絡して、金曜に家に居たよね?なんて話すなどという愚行が起ころうものなら。

「ソファー借りますね文句は聞きません寧ろ明日説教するんで覚悟しておいてくださいねこのクソ野郎が」

 聞いているはずもないそれを一息で吐き出して、中指をきっちり立ててから私は踵を返した。
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