「指輪、探すの手伝ってくれませんか」

 私の朝は一杯の珈琲から始まる。
 なんて。そんな風に格好つけた朝を、死ぬまでには是非とも迎えてみたいものだ。毎朝飽きずにきっかり六時に鳴り響く携帯のアラームを止め、眠りにつく前に回収した自分のカバンから化粧ポーチを取り出し、二分の一の確率で探り当てた洗面所で顔を洗ってから歯をみがき、鏡の中でこれでもかというくらいに存在を主張してくる自分の首についたキスマークを見つめながらそんな事を思う。
 口をゆすぎ、勝手に拝借したフェイスタオルで口元を拭っていれば、ガタン、バンッ!バタバタバタと何やら騒がし音が近付いて遠ざかる。トイレ、いや、玄関にでも向かったのだろうか。鏡の中の自分を見据えながら、割かしどうでもいい事を思案していれば、自身のいる洗面所ではない場所をノックする音が聞こえた。

「みっ、御来屋さん、あの、は、入ってます……か……?」

 よほど古いトイレでない限り、鍵が掛かっているか否かを示すものがドアノブ付近にあるはずだからそれを見れば居るか居ないかなんて聞くまでもないだろうに。それとも何か。この男に私は、鍵を掛けずに用を足す人間だと思われているのだろうか。
 ため息をひとつ吐き、ゆっくりと洗面所の扉を開ける。

「みっ…………くり、やさん、」

 ぱたり、くぐったそれをきちんと閉めたところで顔の側面に突き刺さる視線。目玉を動かして、視線の先で捉えたそいつに見えるよう立てた親指をくいっとリビングの方へと倒した。
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