「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
絶望に染まる。とは、こういう事を指すのだろうかと男の表情を見据えながらぼんやりと思う。「ごめんなさい」の五文字を吐き出した途端、消えた笑み。ゆらりと揺れた薄茶色の瞳にはいつ決壊してもおかしくないくらいには水分が溜まっている。
まぁ別に泣かれたとて、心はイチミリも動きはしない。さぁて帰るか!とソファーから立ち上がって、自分のカバンを掴んだ。
「いっ、一年!」
「……は?」
「一年だけでいいので、付き合ってください!」
瞬間、カバンを掴んだ手を掴む骨張った手。部分的によくよく見ればそういやこの人の性別、男だったな、なんて至極どうでもいい感想が浮かんだ。
「……は?」
「一年付き合って、好きになってもらえなかったら諦めます!だから、っ、だから!」
志乃宮さんの印象といえば、物静かでおっとり、といったものだった。時に噛んだりどもったりしていたけれど、彼の話し方は穏やかでどちらかといえば好感の持てるものだったと記憶していた。しかし何故だろう。昨夜からの彼はその全てを自らぶち壊して回っている。酒にのまれた故の愚行はともかく、一晩経った今は酒など残っていないはずなのに。
「いっ、一緒に、住んでもらえるのなら、僕、家賃だって、生活費だって、出します!」
「……いや、あのさ、」
「家、探してるんですよね?まだ見つかってないんですよね?」
「……だからって、じゃあ付き合いましょうはおかしいでしょ」
「おかしくないです!」
「しかも一年て」
「……け、携帯だって、今時、二年とか三年契約じゃないですか……違約金とかもありますし」
「……は?え、や、何でいきなり携帯?」
「でも、僕はたったの一年です。違約金だって要らないんですよ」
「いやもう、ねぇ、聞いて?人の話。何で人間と携帯を同列に並べたんですか?ねぇ!」
どうです?お得でしょう?
そう言わんばかりに、今の今まで泣きそうだった瞳をキラッキラさせて、彼は掴んだ私の手をくいっと引っ張って、私を座らせようとしてくる。
ねぇ待ってほんと、まだ酔ってるの?まだ酔ってるパターンなの?
めんどくさい。わざとらしくため息を吐き出して、その場にしゃがむ。そろそろ離してはくれまいかと未だ掴まれたままの手を左右に動かしてみたけれど、拘束はゆるまない。
「……好きなんです、」
「……」
「と、られたく、ありません、」
「……」
「っ好き、です」
代わりに、ぐすりと鼻をすする音が聞こえた。