「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
「んでまぁ、賭けをする事になりまして」
「ほぉ」
「んでまぁ、賭けをしている間のルールとして、志乃宮さんの所にお世話になるという項目が志乃宮さんから提示されまして」
「ほぉ」
「んでまぁ、この三連休も志乃宮さんの所でお世話になっていまして」
「ほぉ」
「んでまぁ、今日、出勤時間ずらすのも考えたけど、私、朝弱いじゃない?だからまぁ同伴出勤は不可抗力というか何というか」
「ほぉ」
「まぁ、それも賭けが終わるまでだし」
賭けの内容は至ってシンプル。火曜日、つまり本日出勤してから金曜日に退社するまでに香嶋さんから一度もアプローチされなければ私の勝ち、一度でもアプローチされれば志乃宮さんの勝ち、というものだ。私が勝てば、志乃宮さんは私を諦めてくれると言った。無論、万が一、志乃宮さんが勝った場合は私は彼とお付き合いというものをしなくてはならないのだけれど。
男性社員の間でどんな会話がなされていたのかは知らないが、酔っ払いの言動を基本的に信じない私には勝つ自信しかない。そして金曜日までに新居を決める。
「なるほどねぇ」
ぱくり、ミニトマトを頬張った目の前の彼女は何やら納得したような笑みを浮かべてから、ペットボトルの水を飲む。
「それさぁ、勝ち見えてるじゃん」
「でしょ」
「おめでとう」
「え、あ、うん。ありがと」
にまにま。そんなオノマトペがしっくりくる表情に切り替わった彼女は「んじゃ、前祝い」とさけるタイプのチーズを私の手に握らせた。
チーズ。いや嫌いじゃないけど、チーズ。
小腹が空いたら食べようとそれはポケットに入れて、空になったお弁当箱を片付ける。ランチタイム終了まであと十七分。
「あ、居た居た。おーい、御来屋ぁ!」
何かジュースでも買ってこようかなぁと小銭入れを手にした瞬間、件の男に無視出来ないほどの声量で名字を呼ばれたせいで、ひぃっと情けない声が漏れた。