「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
しかし、かなしかな。
「急用ですよ、きっと」
「……」
「出た方がいいと思います、僕」
着信は止まない。
ぴりりり、ぴりりり、ぴりりり。一定時間鳴り続け、切れて、また鳴り出す。
それを繰り返す事、およそ七回。八回目のぴりりが始まった瞬間に、チィッ!と割かし大きな舌打ちが出たのは不可抗力だと思いたい。
無言で立ち上がり、無言で玄関へと向かう。置き去りにされ、くたりと少しくたびれているカバンから携帯を取り出せば、ディスプレイには【母】の一文字。そこでまた、チィッ!と割かし大きな舌打ちが出たのは不可抗力だと言い張ろう。苛ついたからではない。決して。
「何」
『あ、もしもし~詩乃ぉ~?』
自分でも低い声だと思うくらいには、低い抑揚のない声を出したはずなのに、からりと笑いながら語尾に疑問符をつけて娘の名前を訪ねてくるこの人と血がつながっているのかと思うと泣きたくなる。
はいはい、詩乃ですよ。というか登録した番号に掛けたんだから詩乃以外が出たら怖いでしょ。
こっちはそれどころじゃないのよ!と叫びたい衝動には幾分前から駆られているのだけれど、がっちりと押さえ込んでいる私の理性は偉い。
「ねぇお母さん。こんな夜中にこれだけ鳴らし続けるなんて、よほどの急用だよね?」
『え?夜中?こっちは朝よ?』
「は?何言ってるの?待ってお母さん、まだボケるには早」
『あ!やだわ、ごめんね詩乃ぉ。お母さん達ね、今ロスに居るのよぉ』
「は?ロス?」
『やぁね、詩乃ったら。ロスって言うのは略称でね、ロサンゼルスの事よ。ロサンゼルス』
「私が聞きたいのは何でロスに居るのか、って事よ。お母さん」
『あら』
あら。じゃないんだよ。
時差!ねぇお母さん。時差って知ってる?ロサンゼルスと日本じゃ十六時間もあるんだよ、時差。
『ふふ。旅行よ、旅行。前々から計画してたの。ふふ、いいでしょ~』
「わーうらやましーなー」
『あら、急に変な喋り方しないでちょうだい』
「で?何の用?」
『あ、そうだったわね。あのね、詩乃。あなた、お見合いしない?』
「おやすみお母さん」
ぶつり。電源マークを四度ほどタップして、ふぅううとゆっくり息を吐く。
落ち着け、私。携帯に罪はない。