「指輪、探すの手伝ってくれませんか」

 作楽鉄二(さくらてつじ)
 またの名を、初めての男(くろれきし)

「ちょっとこっち来て」
「お」

 服の上からでも分かるくらいには鍛えられている腕を掴み、社員への来客用にと設置されているソファへと移動する。二十セットほどあるその中で、受付からも外からもあまり見えず目立たないそこに男を「座れ」と半ば強制的に座らせた。

「何。何の用?」
「用、っつうか、別に、詩乃の顔見にきただけ」
「いや意味分かんない」
「いやお前が見合い断るから」
「…………は?」

 今、何て言ったこいつ。

「だから、見合い」
「……」
「俺の親父とお前んトコの親父さん、仲いいの知ってたか?」
「いや知らん」
「俺今ロスに住んでて……あ、両親もな。中学ん時、夏休みにさ、転勤で移り住んでそこからずっと」
「……」
「……で、二ヶ月くらい前に」
「いい、皆まで言うな」

 手のひらで言葉を制止し、思考を巡らせる。
 二ヶ月、くらい前。ああ、なるほど。旅行か。旅行だな。偶然出会(でくわ)したのか、そもそも合流する気だったのか、高確率で後者だろうけれど、なるほど、旅行か。それであれか、お互いの子供がまだ独身でしかもパートナーすら居ないからいっそお見合いさせようって事か。いや、きょとん顔で待て状態のこの男の近況なんて全く知らないしどうでもいいけれど、その話した時、絶対酔っぱらってたでしょ双方共に。ふざけんな。何が悲しくて初めての男(くろれきし)と感動のご対面をしなきゃならんのだ。感動どころか果てしなく迷惑だわくそっ。

「ははっ」
「いや何も笑う要素ないから」
「顔、顔こえー」
「お出口はあちらです」
「え、ちょ、や、」

 すい、と。手で出口もとい出入口である正面玄関を示せば、男は意味を持たない音を細切れで吐き出し始める。まだ何かあるのだろうか。しかしそんな事どうでもいい。

「さようなら」

 私は仕事中だ、帰れ。
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