「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
あーやれやれ。
不機嫌と気だるさをミックスさせて倍増したような感情を隠す事なく表情に反映させて、男に向けていた視線をエレベーターの方へと向ける。
「詩乃」
「……離して」
さあ戻ろう。そう思って足を動かそうとするも、私の行動を察知したのだろう男の手によってそれは阻まれた。
十年。正確には十二年前の六月。初めて触れられたあの日とはまるで違う力加減が彼の成長と変化を言外に主張する。
「詩乃、話、聞いて。見合いの話で来たわけじゃねぇからさ」
「…………なら、何」
顔だけを振り返らせ簡潔に問えば、にこりと人好きのする顔で男は笑う。
「直接、口説こうと思って」
「帰れ」
時間の無駄だった。
取り繕う余裕もないくらいに募る苛立ち。掴まれている腕をやや強引に振り払い、再びエレベーターへと視線を戻して足を動かす。再度阻まれる事のなかった身体は、普段よりも音を荒げるヒールを履いたそれによってエレベーター前へと運ばれた。
結局、何だったんだあいつ。
上向きの矢印が描かれているボタンを押して、ゆっくりと息を吐く。今日は仕事もそんなに積んでなかったし時間的にも余裕があったからまだこれだけの苛立ちで済ませられたけれど、これが繁忙期だったら確実にグーでパンチしてる。
「……つか、志乃宮さん、休みで良かった」
「シノミヤって誰?」
「は?えっ、」
「あ、エレベーターきたよ。詩乃」
背後からの近過ぎる声に驚いていた私などお構いなしに目の前のエレベーターはチンと控えめな音を響かせ、ばくりと大口を開ける。間髪入れず「ほらほら入って」と背中を押したのがあの男だという事は、振り向かずとも声で悟った。
「ちょっと、」
「詩乃。社長室って、最上階?」
「は?え、あ、ええ。最上階だけど、何で、」
「そりゃ社長に用があるから」
「は?な、」
かちり。最上階へのボタンを押したそいつはエレベーターのパネルに背を向ける形で立ち、にこりと笑う。
いや、私、二十七階を押したいんですけど。そう言おうと思ったけれど、目線の先にあるその笑みのせいで言葉はひゅるりと舞い戻る。
「てかさ、」
「……」
「シノミヤって誰?」
口元は笑っているのに、目は笑っていない。
そんな表現を小説や漫画以外でお目にかかるとは思っていなかった。