「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
知人、友人、同僚。
一秒にも満たない時間の中で思考がフル回転したけれど、適切な言葉は見つからなかった。
「なぁ、誰?」
押し黙った私を詰める低い声。プライベートな事だからと濁す事も考えたけれど、ああだこうだと言われちゃ堪らん!と最終的に口から出た言葉は「あんたには関係ない」だった。
実際、関係ない。そした関わりたくない。だから二十七階を押させてくれ。
そんな切実な私の願いを嘲笑うかのように、ポーンと到着を知らせる音を響かせてエレベーターは再び口を開ける。
「お。着いた」
「っ、え、」
また時間の無駄だった。
ため息をついて、男が降りるのを待っていれば、がしりと掴まれた腕。脳裏に浮かんだ既視感の三文字が憎い。
「なっ、ちょ、はなっ」
「詩乃も来て」
何でだよ!
そうツッコミたいのに、ずんずんと大股で進まれるせいか縺れる足に意識が持っていかれて、それは叶わない。
エレベーターから無駄に広い空間と長い廊下。その先の社長室の前で構えている見目(だけ)麗しい秘書様に男がフランクな挨拶をしている斜め後ろで、ぜぇぜぇと息を整えるはめになったのは運動不足だからではないのだと言い張ろう。
はぁああと息を吐いてそろりと顔を上げれば、二人いる内の一人と視線がぶつかる。いや、ぶつかると言うよりは、睨まれている、が表現としては正しいだろうか。
はてさて。初対面だよな?と胸元のネームプレートへと視線を落とせば【倉橋】の二文字。うん、知らん。
「お待たせいたしました。作楽様。どうぞ、中へ」
「ありがとう」
知らない間に何かしでかしたのだろうか、私。
腕は依然として掴まれたまま「行こうぜ」とまぁまぁ強い力で引きずられながら、新たに浮上した疑問に頭を傾げるも心当たりは皆無。まぁ、歩幅が合わず、縺れる足に多くの意識が持っていかれて、思い付けていないだけかもしれないのだけれど。
「おっじさぁん!」
ノックもせず、扉の前での「失礼します」も言わず、社長室へ飛び込んだ男のせいで、解き明かされなかったそれは早々に脳内から消えた。