「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
社長をおじさん呼ばわりしたぞ、こいつ。
「いらっしゃい。鉄二君」
「久しぶり!叔父さん、元気だった?」
「元気だよ。姉さんや義兄さんは元気かい?」
「すっげぇ元気!」
そう思ったのも束の間、テンポ良く交わされていく言葉達に、あれ?この人達知り合いなの?てか親戚なの?いや元気元気言い過ぎじゃない?と言葉にならないツッコミが脳内でくるくる舞う。
「んでね、叔父さん。こいつが、俺の落としたい女」
「ほぉ」
「見合いではフラれたけど諦めねぇよ俺。絶賛口説き中」
「そっかそっか。頑張ってな、鉄二君」
「おう!」
いや、私要らなくね?
現状の異常さにはっとして、よし戻ろう自分の部署に!と気合いを入れた瞬間、ぺらぺらと戸口の立てられない男の口は聞いていもいない事を嬉々として語る。そしてそれを、うんうんと頷きながら微笑む我が者の社長。別名、代表取締役。
小さい子を相手する時のように微笑まなくていいので、この馬鹿を止めてはくれませんかね。
なんて、そう言えたらば良かったのだろうけれど、社のトップに楯突く勇気と無謀さなど、生憎持ち合わせていない。
「彼はね、私の甥っ子なんだ」
「……え、あ!はい」
不意に向けられた視線と言葉。やや遅れて反応したけれど、だから何ですか?という言葉が脳内を占めた。
何となく、私の存在などそっちのけで交わされた会話から親類だろう事は分かっていたから、さして驚きもない。
「それで、私情を挟むようで申し訳ないのだけれど、鉄二君は明日から三ヶ月間、ここで働く事になっていてね」
「え」
「君の所属する部署にお願いしてもいいかな。鉄二君、君の事をとても好きみたいだし」
「いえ、困ります」
「ああ、大丈夫。部長さんには私から話を通しておくよ」
「いえ、そういう、」
「よろしく頼むよ、御来屋詩乃さん」
にっこりにこにこと口角の上がったその口に呼ばれた自分の名前が鼓膜を抜けて、はひゅっ、と喉が鳴った。
まさか、とは思うが、にこにこ顔のこの人は数百人といる社員の名前と顔、部署さえも全員分覚えているのだろうか。もう少しで四桁に到達するだろうも言われている社員達のを、全て。
「……は、い、」
嫌だ、ふざけんな。
その言葉を飲み込んだ私を、私は褒めたい。