「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
昨日は思い出せなかった。
けれど今のやり取りを見て、うっすらと思い出したのは約二ヶ月前の飲み会だ。会費分飲めず勿体ない事をしたあの飲み会で香嶋さんが言っていた【秘書課でいっちばん可愛い倉橋さん】とは、今もなお、間延びした甘えるような声を吐き出し続けているであろう彼女の事だろう。
なるほど。だから昨日、睨まれたのか私は。
そうか、そうか、なるほどなぁ~と独り言にもならないそれを脳内に巡らせながら自分のデスクに腰を降ろす。
香嶋さんの言葉が本当なら、あの二人には付き合ってるという噂があったらしい。そうなった原因はおそらく、今しがた己が目撃した先のような光景が繰り広げられていたからだろう。私がそれを認識し記憶に刻んでいなかったというだけで、もしかしたら、それこそ毎日のように行われていたのかもしれない。
「…………触る、必要、ない……よね」
くしゃ、と小さく音が鳴る。
口から滑るように漏れた自身の声と、鼓膜を撫でたその音にはっとして手元に視線を落とせば、しわくちゃになった資料の束。
あ、やば。
慌てて資料の皺を伸ばすも、当然、元の状態になど戻るわけもなく、ああ最悪だとネガティブな感情がうっすらと、けれども確実に蓄積していく。
いや関係ない、関係ないよ。
そう己を窘め、しわくちゃのそこに印字されている文字へと視点を合わせる。
だって、そうでしょう。志乃宮さんと私の関係は、今でこそ名前が付いているけれど、八ヶ月後にはただの同僚に戻る。加えて、今の今のまで彼らが繰り広げていた光景に意識を向けた事など一度もなかった。見かけた事はあったのかもしれない。けれど記憶にない、思い出しもしない、という事はおそらくそういう事なのだろう。彼の、志乃宮さんの隣に誰が居ようが、興味なんて欠片もなかった。今のだって、知らない彼の一面を見て、何だか面白くなかっただけ。例えるならそう、普段はそれほど愛着などないのに取り上げられると急に恋しくなる、幼児にありがちなそれだ。
「御来屋さん」
「…………何ですか。志乃宮さん」
ただ、それだけだ。