「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
どうしようもなく、非合理的
社長の甥とどういう関係なのか。
仕事中にも関わらず代わる代わる問いただしに来た同僚達に反して、いの一番に聞きに来るだろうと思っていた志乃宮さんは、帰宅するまで何ひとつ聞いては来なかった。倉橋さんに予定を聞かれていたのに私と帰路に着いた事や帰宅した途端あの人とどういう関係なのかと問いただされた事に、誘いを断ったのかと、やはり聞かれるのかと、安堵の息を吐いたのはここだけの話だ。
中学の同級生で、初めての男。端的にそれだけ告げると、志乃宮さんは眉尻を下げ「そう、ですか」と小さく呟き、その話はそれ以降、私達の間で話題として浮上した事はなかった。
「あ!ここ、ここ~詩乃、瑛」
というのが、一ヶ月と二週間ほど前の話。
アキラ?と疑問符を浮かばせながら、嬉々として私と馴染みのない名前を呼ぶ、この一ヶ月と二週間ほど事務的な会話以外の一切を無視していたその男を見やれば、そいつの視線は私へと向けているようで、どうやら私を経由しつつ私の背後にも向けていたようだ。
「あの、志乃宮さん、」
「はい」
「もしかしなくても、志乃宮さんの名前って」
「瑛です」
「……です、よね」
知らなかった。
そしてあの男は何故ここに。
一度に与えられた情報がぐちゃりと混ざり、思考が追い付かない。とりあえず、大声で呼ばれたのもそうだがぶんぶんと手を振られ続けているのも恥ずかしいので、呼ばれたその席の椅子に大人しく座った。
「いや~詩乃がずっと俺の事避けるからさぁ。ありがとなぁ瑛、助かった」
「いえ、」
おのれ志乃宮。謀ったな。
そう思ったけれど、基本的にイエスマンである彼は本当に嫌だと思ったり酔っ払ったりしていないと首を縦に振る習性がある。私と志乃宮さんが恋人という関係なのは初日に知られているはずなのに、名前を呼び捨てされているところを見る限り、私の与り知らぬところでフレンドリーに絡まれ、無視されてオイラ辛いんだぴえん的な演技をされた挙げ句、お願いお願いと頼み込まれでもしたのだろう。
「こんなに徹底的に避けられるとさぁ、口説くに口説けねぇじゃん?」
しかしですよ、志乃宮さん。
仮にもあなたは私の恋人なのだから、これは断ってもいい案件だと思います。