「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
馬鹿とデート。そんなのしたくない。けれど、たった一回のそれで潔く諦めてくれるのならば、デートくらい安いものだと思ってしまった。
実際、それが顔に出てしまっていたのだろう。笑顔のままなお馬鹿さんが「実はさぁ~」と携帯を取り出し操作して私へと見せてきたその画面には、先月オープンしたばかりの水族館のホームページが表示されていた。
「これ、行こうぜ」
断られるとは思っていないのだろう。こいつの思惑通りなのは何だか嫌だけど、実際問題これに頷く以外の解決方法は見当たらないから私は頷くしかない。
嫌だけど、仕方ない。たったの一回だ。水族館に行けば全て解決!いいよ、その案のってやんよ。
そんな意味を存分に含ませて、携帯の画面からお馬鹿さんへと視線を移動させた。
「駄目です」
瞬間、真横で吐き出された、低い声。
己のものを吐き出し損ねたまま視線だけを真横へと向ければ、レンズの奥で薄茶色の瞳がゆらりと揺れる。
「駄目って、確かに瑛はさ、詩乃と付き合ってんだろうけど、行く行かないは詩乃が」
「決めること、ですよね。分かってます。決定権を、もってるのは御来屋さんだけだって」
「なら」
「だから、御来屋さん」
反応した作楽鉄二の言葉に応答しつつも、視線は微塵もぶれない。呼ばれた自分の苗字に「ん?」と小さく返せば、膝の上に置いていた左手に志乃宮さんの私よりも大きな手が乗せられた。
「お願いです、行かないで下さい」
「っちょ、瑛!それはずるいって!」
ガタッ!と大きな音がして、視界の端で影が動く。おそらく、椅子から立ち上がりでもしたのだろう。そこそこ大きな声で「ずるい」だの「だったら何で」だの喚いているけれど、手の甲を這いずる志乃宮さんの温もりに意識のほとんどが持っていかれて、馬鹿の声は何ひとつ脳みそに引っ掛からない。
「ご飯なら、ご飯くらいなら、我慢出来ます……だって、僕も居ますから、二人きりじゃない、ですから……っでも、デートは嫌です…………っ、嫌、だ」
大きな手に、少しだけ高い体温。なのに、それは震えてる。声は弱々しくて、小さくて、吐き出されたセリフは辛うじて聞き取れるレベルだ。
「…………っ」
可愛い。
それが頭に浮かんだ瞬間、どくんっ!と破裂するみたいに心臓がはねた。