「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
両親に電話で事情を説明して、新しい住居の敷金と当面の生活費という名目でお金を借りれはしたがそれだって節約すれば何とかなる?かも?ってレベルの金額だ。両親にだって生活がある。頼ってばかりはいられないのだから、ネカフェとコインロッカーの常連になるわけにはいかない。飲み会なんてもっての他だ。
「……引っ越し、」
「へ」
「するから、ですか?」
「え、あ、はは。ごめんなさい、仕事中に」
ぎ、と椅子を軋ませてパソコン画面に視線を戻すも、呟かれた言葉に反応して視線は元の位置へと戻る。黒縁のスクエアの眼鏡。その奥にある薄茶色の瞳は、デスクの上に置かれているそれを見ていた。
はっとして、慌ててそれを抱き抱える。サボるつもりじゃないんですちゃんと仕事しますの意を含ませた短い謝罪を吐き出して、ひきつりそうになりながら頬と口角を無理矢理持ち上げた。
そうだよ、だって家が燃えたんだもの。
なんて、理不尽でも何でもいいから当たり散らせたら、この瞬間だけでも気持ちはすっきりしただろうか。いやそんな事しようものなら私の社会的なんたらが死ぬ。気持ちどころの騒ぎじゃない。
てかもういいから、一人にしてくれないかなぁ。
「御来屋さん」
「へ、はい」
「僕、出します」
「へ」
「僕が御来屋さんの会費を出すので、飲み会、来てください」
「いや、いやいやいや。そんなわる」
「恩返しです!」
なんて思っていたら、ぐっと手を握って、任せてください!と言わんばかりに微笑む志乃宮さん。男性なのに、微笑むと彼の周りで花が咲き乱れるエフェクトが見えるのはおそらく私だけではなかろう。
「……は?」
「御来屋さんは覚えていないかもしれませんが、以前、僕が困っていた時、御来屋さんが、御来屋さんだけが、助けてくれたんです」
「…………はぁ、」
ずるいよなぁ、ベビーフェイス。
あざとい、あざといわぁ。
「だから、お返し、させてください」
「…………はぁ、」
これさぁ、この顔さぁ、学ラン着てても違和感ないよね本当仕事しろや違和感。
「来てくださいね、参加で返事しておきますから」
「…………はぁ、」
え待って確か同い年だよね私達。
「では、僕はこれで」
「…………はぁ……ん?え、ちょ、志乃宮さん!?」
なんて思っていたら、志乃宮さんがいつの間にか視界からフェードアウトしていた。