「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
年齢詐称なんてお手のもの、酒や煙草を買おうものなら年齢確認は必須レベルのベビーフェイス。毎日見ているそれが見えて、いや、見間違いだろうと思い直す。
彼は、家族との用事だと言っていた。そして彼の、志乃宮さんのご実家は遠方だと聞いている。だから彼がここにいるはずはないのだと己に言い聞かせた。なのに、視線の先にいる彼から目が離せなくて、どくりどくりと鼓動は速くなる。
「…………誰、」
目が、離せない。けれどその彼はこちらに気付かない。彼の目の前にいる女の人に微笑んでいるのだから、数十メートル距離のあるこちらに気付く方が寧ろ奇跡だろう。
どくり、どくり。コートのポケットに入れていた携帯を掴んで、取り出す。
どくり、どくり。してはいけない。頭ではそれを理解しているのに、履歴を開いて【志乃宮さん】を探す指は止まらない。お目当てのそれを見つけ、通話マークをタップして耳に当てるとお決まりのコール音が聞こえる。
ぷるるる。一コール目。変化はない。
ぷるるる。ニコール目。視線の先の彼が何かに気付いたような仕草をした。
ぷるるる。三コール目。彼は自身のコートのポケットへと手を入れる。
ぷるるる。四コール目。ポケットから取り出したそれへと視線を落とす。
ぷるるる。五コール目。数秒、そこを見つめたあと、彼は再びそれをポケットにしまった。
ぷるっ。六コール目の途中で、私は電源マークをタップした。
「…………はは……っ、」
動かせずにいる視線の先で、女の人が彼に何かを言っているのが見えた。けれど彼はにこりと笑ってゆるりと首を横に振る。「出なくていいの?」「はい大丈夫です」おおかた、こんな会話が交わされてたのだろう。
「…………っ」
唇が震えているのは、寒さのせいだと思いたい。