「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
湯気の立つマグカップをティースプーンでくるくるとかき混ぜている私に真横を素通りされた彼の気持ちなんて、私は知らない。それと同じように、彼だって素通りした私の気持ちがどんなものか知りやしない。
「御来屋さん、あの、昨夜は外泊してしまって、すみませんでした」
だから、だろう。
衣類を避けてソファーに座った私を追いかけて、彼はコートも脱がず隣へと腰をおろした。その行動は何も今に始まった事ではない。だから普段はそれを愛おしいと感じていたのだけれど、今は憎らしくて仕方がなかった。
「本当に帰るつもりだったんです。でも、予期せぬトラブル……みたいなものが少し、ありまして」
あの女に私の存在がバレたの?それとも私の事は最初から知っていて「いつ別れるの?」「まだもう少し待って」みたいな軽い痴話喧嘩でもしたの?まぁその【トラブルみたいなもの】が何であれ、私にはもう関係ない。
気を抜けば這い出て来てしまうそれを甘ったるい液体に溶かして腹の底へと流し込む。
言い訳をならべたいのなら、好きなだけならべればいい。浮気なんて、当たり前だがする方に非がある。けれど、それに至る理由を考えれば、少なからず私にだって非はあったのだろう。どんな理由があろうと許す気は更々ないのだけれど。
この甘ったるい液体がなくなったら、私は彼の数センチ横で乱雑に丸められてる衣類を持ってこの家を出ていく。職場が同じなのは気まずさしかないけれど、恋人と家と職をトリプルで失うのは絶対に避けたいので我慢するしかない。
「っあの!御来屋さん!これっ」
なんて私の葛藤など、知らぬ存ぜぬ我関せずと真横の男は手に持っていた紙バックを私の方へと差し出してきた。
有名ブランドのロゴが印字されたそれが何だというのか。数秒そこに視線を落としてから、無言で戻す。どうやらこれは、あの女に貰ったのものではなく、私へのクリスマスプレゼントだったらしい。
「……っ、」
受け取らず視線を外した私の機嫌を取りたいのだろう。彼は何かを言いかけて、けれど何も言わず、紙バックへ手を入れて中身を取り出した。私よりも大きなその手の中にはベルベット素材で覆われた小さな箱。ネックレスやピアス、指輪などを入れるのに用いられるそれの中身は無難なアクセサリーとでもいったところだろうか。それとも、あの女に指輪でもねだられて、そのついでに買いでもしたのだろうか。