「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
一年契約、違約金なし
何かをしても、何もしなくても、時間は進む。
「御来屋~飲んでっかぁ~」
「あーはい。飲んでます。大丈夫です」
へらり、笑って。ジョッキ片手に、さも当然であるかのように肩を抱き寄せる先輩社員の薬指に銀色が輝く左手をぱしりと払い落とす。新婚だろ、あんた。
普段は面倒見のいい明るくて優しい先輩なのだけれど、絡み酒なのが少々残念だ。
「つうかさぁ、お前、男と別れたんだって?」
「はぁ、まぁ、」
「て事は今フリーなんだろ?ならさぁ~俺とかどうよ?なぁ?」
まぁそれは今に始まった事ではないし、酒の席でこんな風に絡まれるのだって一度や二度じゃない。とはいえ、先週頭に浮気発覚からの通報案件にまで発展させられた私にとってそれはもはや地雷でしかない。
「遠慮しておきます」
何でもいいからアルコール度数バカ高いやつ頭から注いで滅菌してぇ。近寄んなクズ。
ははは。と吐き出した笑い声の裏にそれを含ませ、左隣の人に当たらない範囲で身体を左へと傾ける。
やっぱり、来るんじゃなかった。帰りたい。でもなぁ、志乃宮さんのお金だしなぁ。いや返すつもりではいるけどさぁ。
「みきゅりらさぁ~ん!」
「っぶ、うえ、」
「お。志乃宮、てめぇべろっべろじゃねぇか」
なんて思っていたら、まさかのご本人様登場。思い切りぶち当たられた背中がとてつもなく痛いけれど、先輩の言うようにべろっべろの酔っ払いと成り果てているので怒る気も起きない。
「みきゅりらさぁん」
えへへ。へへへ。ふへへへ。
一歩間違えば職質待ったナシな笑い声を吐き出して、ぐりぐりと額を擦り付けてくるその様は、さながらマーキングの様で。「何ですか。志乃宮さん」とだし巻き卵を口に運び咀嚼しながら、離れてくれと肘で彼のお腹当たりをつつく。しかし、かなしかな。相手が酔っ払いだという事と金を出してもらった人だという事が邪魔をして、やんわりとしかつつけなかった。
「ふふふっ。くしゅぐったひですよぉ~みきゅっ、りあさん」
にっこり。頬を赤らめ微笑む酔っ払いの周りで花が咲き乱れた。