「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
ぴくりと肩が動いてしまったけれど、顔は上げなかった。
「……っ……御来屋、さん、」
だって上げなくても分かるから。
声が、志乃宮さんだ。気配だって、志乃宮さんだ。砂利を踏んだ時の足音も、朝露に混じった彼の持つ匂いも、呼吸を整えようとして吐き出された吐息も、肌で感じる全てが志乃宮さんだから。
「……あの、これ、着てくだ、さい、」
ふわりと肩に何がかけられる。服越しに感じる感触から思うに、おそらくソファーで丸めたまま放置していた私の上着だろう。着の身着のままで飛び出した私を憐れみでもしたのか。腹立たしい。けれど体温を奪わんとする外気から守ってくれるそれが今は有難い。
すん、と鼻をすすって、そろりと目を開ける。腕と膝が映る視界を気配の方へと動かせば、真冬なのに額から汗を浮かばせた志乃宮さんが居た。
「…………あり、がと、」
「っ、いえ、そんな……っ」
きっと、たくさん走ったのだろう。額から顎先へと落ちていく汗。上下する肩。口から吐き出される息は白いのに、彼の頬は赤い。
追いかけて来てくれた。探してくれた。
同情か、憐れみか、はたまた両方か。そんなの分からないけれど、上着をかけてくれた事へのお礼に、ここに居てくれる事へのお礼も混ぜ込んで吐き出せば、彼は眉尻を下げてへにゃりと笑う。それが何だかとても悲しげに見えて思わず手を伸ばしそうになったけれど、それをすれば今回の事が有耶無耶になるのは分かりきっている。かけてもらった上着を握りしめる事で何とかそれを回避すれば、手の甲で汗を拭いながら、彼は私の名前を呼んだ。
「……不快な思いをさせて、すみませんでした」
唐突のようで、何ら唐突ではない彼からの謝罪。
「きちんとしなきゃいけないって、頭では分かっていたんです。けど、我慢、出来なくて」
分かってはいた事だし、実際、私はこの目で見てしまった。でも、それでも、認められたくはなかったと思うのはワガママなのだろうか。
「……本当、僕は……最低……ですよね」
ああ、認めるのか。
そう思ったら、自分は重病なんじゃないかと思えるくらいに胸が痛くなって、視界が歪み始めた。