「指輪、探すの手伝ってくれませんか」
別に、もういいよ、終わりにしよう。
たったそれだけの言葉が、喉につかえて出てこない。
言え。言うんだ。やらなきゃいけない事が山ほどあるんだから、こんな事で躓いてちゃ駄目だ。ほら、家だって、探さなきゃでしょ。だから。だから、早く。
「……謝って、済む事ではないですけど、本当にすみませんでした」
がり、と下唇を噛む。
言え。話を断て。言い訳も謝罪も、これ以上、聞きたくない。もうその話はいいから。吐き出す言葉を決めて、声を出す為に口を開けた。
「……御来屋さんに黙って、ご両親に挨拶をしに行くなんて……気持ち悪い、ですよね、僕」
けれど、もうその話はいいから、の「も」の形で唇が固まる。
「……すみません、本当に、こそこそと。作楽さんに生まれ年のワインと引き換えに御来屋さんのご両親の電話番号を教えてもらったり、沼津さんにエステの優待券と引き換えに御来屋さんのご実家の住所を教えてもらったり、」
何を、言ってるんだ。この人は。
はくり、一度だけ唇を動かして、無音のまま閉じる。状況に追い付けない頭をフルで稼働させてみたけれど、自分で思っているよりも頭の中がパニックを起こしているのか、何ひとつ情報はまとまらない。
「……結婚を前提にお付き合いをしているとご両親に挨拶をして……そうやって、外堀を埋めてしまえば、御来屋さんは、優しいから、絆されてくれるかなぁ……なんて、」
絆される、って何。
私、言ったよね。好きだって。
え待って。伝わって、なかったの?
いやだからって浮気は駄目だろ。
て事は何。浮気してたくせに、外堀埋めて結婚を迫ったのか、この男は。
「……そう思ったら、その、止まらなくなって、」
決めた。殴ろう。
決意を胸に、冷えきった指に力を入れて拳を作った。
「昨日なんて、姉に頼み込んで、式場の下見をいくつかしてきちゃいました」
なのにまたしても、それは振り上げられる事もなく指は解かれていく。
「…………姉?」
「はい」
「お姉さん、いたの……?」
「はい」
唇の隙間から掠れた音が漏れて、彼の言った、【昨日】と【姉】、そのふたつの単語に脳内が慌ただしくなる。
姉。アネ。あね。文字を変換してみてもそれが持つ意味は変わるはずもなくて、昨日の見た光景への認識が己の中で急激に変わっていくのを感じた。