「指輪、探すの手伝ってくれませんか」

 あざといなぁ。ずるいなぁ。

「ちょ、志乃宮さん、ほんと、」

 ぶつぶつと脳内で文句を吐き出しながら、カバンの中から発掘した鍵で解錠し、家の中へと踏み込んだ。の、だけれど。中に入り、靴を脱ぐなりぺたりと座り込んだ志乃宮さんは、再び船を漕ぎ始める。私はもう帰るからちゃんと布団なりベッドなりで寝てくれと懇願しても、へにゃりと笑って花を咲かすだけ。ほんとずるい。

「もー……上がりますね。んで、勝手に扉開けていきますからね!」

 玄関から真っ直ぐのびている廊下。突き当たりにひとつ、右側にドアがふたつ見えている。単身者用のマンションのようだし、おそらくその内のどれかが寝起きするのに使っている部屋なのだろう。賃貸情報誌に載っていた間取りは側面に水回り、突き当たりにリビングだったり寝室だったりが多かったから、とりあえず突き当たりでいいか。
 という短絡的な思考のもと酔っ払いさんは玄関にひとまず置いて、廊下を進み、その先の扉を開けて手探りで照明のスイッチを入れると、そこは想像よりも遥かに広いリビングだった。まず視界に入ったのは黒いラグ。その上には三人くらい座れそうなソファーと楕円形のガラステーブルが置かれている。左側に視線を向ければ、お洒落な対面キッチン。カウンターのような作りのそこに置かれた二脚の椅子がオレンジ色で無駄に可愛い。
 あ、あれか。彼女さんの趣味か。もしくは奥さん。んーいや、奥さんならここに居るよな。寝てるのかな。いやこれだけ物音立てて声だってまあまあの大きさだったんだから寝てたとしても起きるよね。て事はそうだな、うん、彼女さんか。はーもう何かごめんね彼女さん。部屋に上がっちゃったよ。でも寝かせたら帰るから私は。
 きょろり、視線を左から右側手前へと動かせば、またひとつ扉が見えた。そこだな!と発見したばかりの扉を開ければ、予想通りそこにはダブル……いやクイーンサイズくらいであろう大きめなベッドが置かれている。リビングのものと色違いであろうライトグレーのラグに、黒で統一されたシーツ類とカーテン。リビングから差し込む光だけで判断しているからもしかしたら違う色かも知れないけれど、まぁそんな事はどうでもいい。
 よし。連れてくるか。

「ひっ!」

 意気込んで振り替えると、目と鼻の先に志乃宮さん。
 驚きのあまり情けない声をあげてしまったけれど、これは気配もなく真後ろに立っていた彼が悪いと思う。
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