「指輪、探すの手伝ってくれませんか」

 後頭部をぶつけて、んぎゃ!だとか、うぎゃ!だとか、女らしさの欠片もない叫び声をあげて床に転がる自分を容易に想像出来た。けれども現実とは残酷だ。後頭部をぶつけるにはぶつけた。しかし、ぼふんと身体全体を包み込むような感触と心地好い反発力のお陰で痛みはなく、転がる事だって勿論ない。けれどもそう、忘れてはいけない。ここは寝室。つまりこのぼふんの持ち主はいわずもかなベッドであり、床に転がった時よりも身動きが取りずらい。今の私は、絶賛まな板の上の鯉(おすきにどうぞ)状態である。

「っ」

 やっ!ばい!ヤバいヤバいヤバい!
 逃げなきゃ!殺される!殺されるぅ!バラバラにされる埋められる!嫌だ!死にたくない!
 ぐっとベッドについた手に力を入れて腕の力で起き上がろうと試みた。

「ひ、」

 瞬間。ぎしりと足元が軋んで、沈む。
 ぶるり、力を入れなければいけないはずの腕が震えて上体すら持ち上げられない。
 嘘でしょう?嘘、だよね?
 浅い呼吸しか吐き出せない口から音が出るはずもなく、ぐにゅりと視界が歪む。
 お願い、お願い止めて。殺さないで。
 脳内ではうるさいくらいに騒ぎ立てられるのに、はくはくと動く口は二酸化炭素を漏らすだけ。そんな私の事など知らぬとばかりに、ぎしりと再び軋む音。
 ぎしり、ぎしり、確実に近付いてきているそれに比例して加速する唇の震え。怖いもの見たさなんてその辺に捨ててしまえばいいものを、捨てるどころか芽吹いてしまったそれはまぶたを閉じる事を許してはくれなかった。
 ふ、と。元々薄暗かった視界がさらに影り、重力によって毛先が頬にかかった志乃宮さんがそこを占める。

「っ!」

 す、と。外された黒縁の眼鏡。薄茶色の瞳から目が離せなくて、ことりと音を立てたそれがどこかに置かれているような気配だけを感じていれば、戻って来たであろう指がするりと私の頬を撫でた。
 がちりと固まる身体。嗚呼、短い人生だったとたったの二十六年しか生きられなかった事を悔やみつつ、絶対恨んでやる呪ってやる毎晩枕元に立ってやるかんな!と覚悟を決めて最後の抵抗とばかりに覆い被さるクソ野郎を睨み付けた。

「………………は……?」

 瞬間、ふにょんと柔らかい感触が唇に触れて、ちゅっと可愛らしいリップ音が鼓膜を抜ける。

「……もっかい、したい、」
「…………は?え?ちょっ、んっ!」

 え何。
 なんて思う暇さえ与えられず、二度目のふにょんとちゅっが唇と鼓膜にそれぞれ届いた。
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