Summer Day ~夏の初めの転校生。あなたは誰?~
7月のざわつき
奈津は朝からコウキに話しかけるタイミングを探している。昨日のお礼を言いたいのとあれから凛太郎のことが解決に向かって動き出したよ・・・ということを報告したかった。でも、昨日の駅での別れ際、素っ気なくて別の人のようになったコウキの姿がチラつき、声をかけられない自分がいた。何人かの男子とコウキが話していたりすると、それだけでもう彼の近くに行けなかった。これが、悠介や他の男子だったら、すぐさま友達なんかかき分けて行けるのに・・・。昨日コウキとは、あんなに一緒にいたにも関わらず、今日になると、話しかけることさえもままならない・・・。コウキの方も、昨日の1日などまるでなかったかのように、それまでと同じただのクラスメートのようにそこに居た。
2時間目が終わり、次は化学で移動教室・・・という時、奈津は意を決した。ただ、ちょっと話しかけるだけなのに、こんなに意を決するほど勇気がいるなんて・・・と奈津はなんだか自分が可笑しかった。そんなことを思っていると、まなみが、いつものように、
「奈津、一緒行こう!」
と元気いっぱいに駆け寄ってきた。奈津はそんなまなみに両手でちょっと待って!の合図をすると、
「コウキに昨日のお礼を言ってくるから、先行ってて!すぐ追いつく!」
と言った。それを聞くと、まなみはびっくりして、
「え!」
と大きな声を出した。でも、すぐに小声にすると、奈津にだけ聞こえるように奈津の耳元に口を近づけた。
「コウキとあれから話してないの?昨日あんなに仲良く汽車から降りてきたのに?電話とかラインとかしてないの?」
まなみは率直に不思議に思ったことを訊いてくる。そんなまなみの言葉に奈津はちょっと肩をすくめると、
「うん。だって、連絡先交換してないし・・・。」
と言った。まなみはまたまた驚いて、
「え~、今どき!だって、コウキって奈津の初の彼氏候補じゃん!」
と言った。それを聞いた奈津は、目を丸くして、
「え!何それ。そんなわけないない。ほら、コウキのあの感じ見て。どう見てもわたしは、ただのクラスメートだよ。」
と言って笑った。「でも・・・、奈津の方は好きだよね。」とまなみが言おうか言わまいか一瞬迷っていると、その隙に奈津は
「よし!じゃあ、コウキのところに行ってくる!」
とまなみに向かって敬礼のポーズをすると、教室を出て行ったコウキを追いかけて行ってしまった。まなみは、奈津の後ろ姿を見送ると、
「あ~あ・・・。」
とため息をついた。このため息はなんのため息なんだろう・・・。それはまなみにもよく分からなかった。でも、なんだか二人のことが、ものすごくもどかしく感じてしまったのは確かだった。
奈津は一人で廊下を歩いているコウキの後ろ姿を見つけると、一度「コホン。」と咳払いをしてから、
「コウキ!」
と声をかけた。コウキは足を止めると、一呼吸おいてから振り返った。そして、奈津を見ると、
「おはよ。」
と言った。コウキにそうあいさつされると、本当に今日は初めて話すんだな・・・と改めて奈津は思った。ちょっと緊張しながらコウキの横まで行くと、奈津は、
「昨日は本当にありがとう。」
と話始めた。そして、そのまま二人は自然と廊下を並んで歩いた。
「いや、全然。ぼくはついてっただけだし、それに、ぼくこそ楽しかった。」
とコウキは笑った。
「そんなことない。コウキがいなかったら、わたしずっとテンパったままで、凛太郎を連れ戻せないどころか、見つけることさえできなかった・・・。」
今日はコウキと話すだけで、奈津はなんだかちょっと力が入ってしまう。それなのに、それに比べると、コウキはぐっと落ち着いているように感じる。
「小学校は行った?」
コウキが横を歩く奈津を見て言った。
「うん。あれから、父さんとも合流して、先生や石田くんのご家族とも話したよ。石田くんも凛太郎に言ったことをすごく反省して泣いてるって石田くんの母さんが言ってた・・・。けがをさせてしまったのは凛太郎だから、まだまだ話し合っていかないといけないことはあるんだけど・・・。でもね、大丈夫!ちゃんと解決の方には向かってる!コウキ・・・ほんとにありがとう!」
奈津は立ち止まってコウキの方を見ると、ペコッと頭を下げた。コウキも奈津の方に体を向けると、
「良かった・・・。」
と胸に手を当て、少し上を向いて笑った。そして、奈津に視線を戻すと、
「でも、全然ありがとうなんかじゃないよ・・・。」
とコウキは眼鏡の奥の目をもっと細めて、笑顔で話し始めた。
「ぼくはただ奈津が・・・・」
コウキがそう言いかけた時、6組の教室の入り口から、
「奈津!」
と奈津を呼ぶ声が聞こえた。
「ん?」
と奈津がそっちの方向に振り向くと、悠介が「よ!」と言ってこちらに向かって来るところだった。悠介はまるでコウキの存在などないかのように、コウキの顔はチラリとも見ずに、奈津の顔だけ見ながら二人の傍まで来ると、
「ごめん!あれから寝ちゃって、奈津のライン見たの朝だった。」
と言った。そして、
「良かったな、凛太郎。いい方向に向かってるな。オレも久しぶりに小学校にも行けたし、奈津の父さんにも会えたし、なんか懐かしかったわ!」
と言って、2年生の女子たちにいつも「かわいい!」と騒がれているあの笑顔を見せた。
「あ、ありがと。ラインは、悠介がどうなったか教えろよって言うから・・・。それに、小学校だって、凛太郎と二人で行けた・・・」
そう奈津が悠介に向かって話している途中で、
「じゃ、ぼくは・・・。」
とコウキは奈津と悠介に背中を向けると、足早に歩いて行ってしまった。そして、その背中はもう、さっきまでのあったかいコウキの背中ではなくなっているような気がした・・・。
「あ・・・。」
奈津は、遠ざかるコウキに何か言いかけて、そしてやめた・・・。
「・・・わたしも今から化学。もう行くね。」
と悠介に早口で言うと、奈津は化学教室の方に向かって歩き始めた。奈津が急いでいるように見えるのは、もうすぐ、始業だからだ・・・。悠介はそう自分に言い聞かせていた。決して、タムラコウキを追いかけて行ったんじゃない・・・。
韓国ソウル 映画「星降る夜の誘惑」制作発表会
「はい、それでは、主人公二人のインタビューはここで終わります。では、続きまして、主人公ソヨンを追い込んでいく悪女役に大抜擢のチョン・ヨンアさんのインタビューに移ります。」
チョン・ヨンアは主人公二人の横に座っていた。軽くパーマのかかったセミロングの髪は優しく肩にかかり、透き通るような白い肌によく似合う胸元の開いたゴールドのワンピースを着ている。クリッとした大きな目とふっくらとした唇が印象的な艶っぽい美人だ。
「22歳の若さで悪女役は難しくはないですか?」
男性の記者が最初の質問をする。
「はい。まだまだ経験不足なので、監督や共演者、スタッフの方々にアドバイスをいただきながら、皆さんの足を引っぱらないよう、一生懸命頑張るつもりです。」
ヨンアは整った笑顔を浮かべると、優しい口調で答えた。ヨンアの言葉が終わるか終わらないかのところで、待ってましたと言わんばかりの質問が響く。
「経験・・・と言えば、恋愛経験はおありですよね?BEST FRIENDSのヒロとの熱愛は実際のところどうだったんです?ヨンアさんはずっとノーコメントですが。」
ゴシップ記者だった。
「はい、映画以外の質問は受け付けません。」
慌てて、司会者が注意を促す。ヨンアはそれには何も答えず、整った笑顔を返すだけだった。
「C・Yエンターテインメントは熱愛は否定して、路上キスも事実無根と発表しましたけど、あの写真、どう見てもキスはしてますよね?」
ゴシップ記者は尚も食い下がる。
「はい、その質問は受け付けません。」
司会者の口調が強くなる。ヨンアは笑顔を崩さない。
「今回の抜擢を見て、ヨンアさんの売名行為だったんじゃないか・・・なんて噂も出てますけど?」
ゴシップ記者のその発言を止めようと司会者が、
「はい、もうここで・・・」
と言った時、ヨンアは整った美しい笑顔のまま口を開いた。
「恋愛なんてしていなくたって、キスくらいするでしょう?・・・なんなら、それ以上だって・・・。」
と意味深に答えた。その言葉に会場は一瞬シーンと静まりかえった・・・。
「なーんて!びっくりしました?これ、映画の中のわたしの台詞なんです!」
ヨンアはペロッと舌を出すと、いたずらっぽく笑った。結局、何が真実で何が嘘なのか、ヨンアの口からは一切語られないまま、映画「星降る夜の誘惑」の制作発表会は終わった。
ネットニュースが流れる。
「BEST FRIENDS ヒロの呆れた女癖。女優とのキスは軽い遊び?それ以上も?」
見出しの文字は無責任に踊っていた・・・。
2時間目が終わり、次は化学で移動教室・・・という時、奈津は意を決した。ただ、ちょっと話しかけるだけなのに、こんなに意を決するほど勇気がいるなんて・・・と奈津はなんだか自分が可笑しかった。そんなことを思っていると、まなみが、いつものように、
「奈津、一緒行こう!」
と元気いっぱいに駆け寄ってきた。奈津はそんなまなみに両手でちょっと待って!の合図をすると、
「コウキに昨日のお礼を言ってくるから、先行ってて!すぐ追いつく!」
と言った。それを聞くと、まなみはびっくりして、
「え!」
と大きな声を出した。でも、すぐに小声にすると、奈津にだけ聞こえるように奈津の耳元に口を近づけた。
「コウキとあれから話してないの?昨日あんなに仲良く汽車から降りてきたのに?電話とかラインとかしてないの?」
まなみは率直に不思議に思ったことを訊いてくる。そんなまなみの言葉に奈津はちょっと肩をすくめると、
「うん。だって、連絡先交換してないし・・・。」
と言った。まなみはまたまた驚いて、
「え~、今どき!だって、コウキって奈津の初の彼氏候補じゃん!」
と言った。それを聞いた奈津は、目を丸くして、
「え!何それ。そんなわけないない。ほら、コウキのあの感じ見て。どう見てもわたしは、ただのクラスメートだよ。」
と言って笑った。「でも・・・、奈津の方は好きだよね。」とまなみが言おうか言わまいか一瞬迷っていると、その隙に奈津は
「よし!じゃあ、コウキのところに行ってくる!」
とまなみに向かって敬礼のポーズをすると、教室を出て行ったコウキを追いかけて行ってしまった。まなみは、奈津の後ろ姿を見送ると、
「あ~あ・・・。」
とため息をついた。このため息はなんのため息なんだろう・・・。それはまなみにもよく分からなかった。でも、なんだか二人のことが、ものすごくもどかしく感じてしまったのは確かだった。
奈津は一人で廊下を歩いているコウキの後ろ姿を見つけると、一度「コホン。」と咳払いをしてから、
「コウキ!」
と声をかけた。コウキは足を止めると、一呼吸おいてから振り返った。そして、奈津を見ると、
「おはよ。」
と言った。コウキにそうあいさつされると、本当に今日は初めて話すんだな・・・と改めて奈津は思った。ちょっと緊張しながらコウキの横まで行くと、奈津は、
「昨日は本当にありがとう。」
と話始めた。そして、そのまま二人は自然と廊下を並んで歩いた。
「いや、全然。ぼくはついてっただけだし、それに、ぼくこそ楽しかった。」
とコウキは笑った。
「そんなことない。コウキがいなかったら、わたしずっとテンパったままで、凛太郎を連れ戻せないどころか、見つけることさえできなかった・・・。」
今日はコウキと話すだけで、奈津はなんだかちょっと力が入ってしまう。それなのに、それに比べると、コウキはぐっと落ち着いているように感じる。
「小学校は行った?」
コウキが横を歩く奈津を見て言った。
「うん。あれから、父さんとも合流して、先生や石田くんのご家族とも話したよ。石田くんも凛太郎に言ったことをすごく反省して泣いてるって石田くんの母さんが言ってた・・・。けがをさせてしまったのは凛太郎だから、まだまだ話し合っていかないといけないことはあるんだけど・・・。でもね、大丈夫!ちゃんと解決の方には向かってる!コウキ・・・ほんとにありがとう!」
奈津は立ち止まってコウキの方を見ると、ペコッと頭を下げた。コウキも奈津の方に体を向けると、
「良かった・・・。」
と胸に手を当て、少し上を向いて笑った。そして、奈津に視線を戻すと、
「でも、全然ありがとうなんかじゃないよ・・・。」
とコウキは眼鏡の奥の目をもっと細めて、笑顔で話し始めた。
「ぼくはただ奈津が・・・・」
コウキがそう言いかけた時、6組の教室の入り口から、
「奈津!」
と奈津を呼ぶ声が聞こえた。
「ん?」
と奈津がそっちの方向に振り向くと、悠介が「よ!」と言ってこちらに向かって来るところだった。悠介はまるでコウキの存在などないかのように、コウキの顔はチラリとも見ずに、奈津の顔だけ見ながら二人の傍まで来ると、
「ごめん!あれから寝ちゃって、奈津のライン見たの朝だった。」
と言った。そして、
「良かったな、凛太郎。いい方向に向かってるな。オレも久しぶりに小学校にも行けたし、奈津の父さんにも会えたし、なんか懐かしかったわ!」
と言って、2年生の女子たちにいつも「かわいい!」と騒がれているあの笑顔を見せた。
「あ、ありがと。ラインは、悠介がどうなったか教えろよって言うから・・・。それに、小学校だって、凛太郎と二人で行けた・・・」
そう奈津が悠介に向かって話している途中で、
「じゃ、ぼくは・・・。」
とコウキは奈津と悠介に背中を向けると、足早に歩いて行ってしまった。そして、その背中はもう、さっきまでのあったかいコウキの背中ではなくなっているような気がした・・・。
「あ・・・。」
奈津は、遠ざかるコウキに何か言いかけて、そしてやめた・・・。
「・・・わたしも今から化学。もう行くね。」
と悠介に早口で言うと、奈津は化学教室の方に向かって歩き始めた。奈津が急いでいるように見えるのは、もうすぐ、始業だからだ・・・。悠介はそう自分に言い聞かせていた。決して、タムラコウキを追いかけて行ったんじゃない・・・。
韓国ソウル 映画「星降る夜の誘惑」制作発表会
「はい、それでは、主人公二人のインタビューはここで終わります。では、続きまして、主人公ソヨンを追い込んでいく悪女役に大抜擢のチョン・ヨンアさんのインタビューに移ります。」
チョン・ヨンアは主人公二人の横に座っていた。軽くパーマのかかったセミロングの髪は優しく肩にかかり、透き通るような白い肌によく似合う胸元の開いたゴールドのワンピースを着ている。クリッとした大きな目とふっくらとした唇が印象的な艶っぽい美人だ。
「22歳の若さで悪女役は難しくはないですか?」
男性の記者が最初の質問をする。
「はい。まだまだ経験不足なので、監督や共演者、スタッフの方々にアドバイスをいただきながら、皆さんの足を引っぱらないよう、一生懸命頑張るつもりです。」
ヨンアは整った笑顔を浮かべると、優しい口調で答えた。ヨンアの言葉が終わるか終わらないかのところで、待ってましたと言わんばかりの質問が響く。
「経験・・・と言えば、恋愛経験はおありですよね?BEST FRIENDSのヒロとの熱愛は実際のところどうだったんです?ヨンアさんはずっとノーコメントですが。」
ゴシップ記者だった。
「はい、映画以外の質問は受け付けません。」
慌てて、司会者が注意を促す。ヨンアはそれには何も答えず、整った笑顔を返すだけだった。
「C・Yエンターテインメントは熱愛は否定して、路上キスも事実無根と発表しましたけど、あの写真、どう見てもキスはしてますよね?」
ゴシップ記者は尚も食い下がる。
「はい、その質問は受け付けません。」
司会者の口調が強くなる。ヨンアは笑顔を崩さない。
「今回の抜擢を見て、ヨンアさんの売名行為だったんじゃないか・・・なんて噂も出てますけど?」
ゴシップ記者のその発言を止めようと司会者が、
「はい、もうここで・・・」
と言った時、ヨンアは整った美しい笑顔のまま口を開いた。
「恋愛なんてしていなくたって、キスくらいするでしょう?・・・なんなら、それ以上だって・・・。」
と意味深に答えた。その言葉に会場は一瞬シーンと静まりかえった・・・。
「なーんて!びっくりしました?これ、映画の中のわたしの台詞なんです!」
ヨンアはペロッと舌を出すと、いたずらっぽく笑った。結局、何が真実で何が嘘なのか、ヨンアの口からは一切語られないまま、映画「星降る夜の誘惑」の制作発表会は終わった。
ネットニュースが流れる。
「BEST FRIENDS ヒロの呆れた女癖。女優とのキスは軽い遊び?それ以上も?」
見出しの文字は無責任に踊っていた・・・。