Summer Day ~夏の初めの転校生。あなたは誰?~
7月の滴
ヒロは仁川国際空港に降り立った。約3ヶ月ぶりの韓国だった。
「・・・こんなに人いたっけ?」
何よりも人の多さに驚いた。3ヶ月前は、当たり前にこの人の波をスイスイと縫うように歩いていた。それなのに、今はなんだか人の波との調和がとれず、ギクシャクとして上手く歩けない。
「フーッ」
ヒロは立ち止まると、サングラスを少し下にずらして、もう一度、周囲を見渡した。デビューしてからは、ハイトーンの髪の色がトレードマークみたいになっていたヒロだったが、ソウルを発つ前、初めて黒髪にした。いつも、どちらかというと長めの髪も短めにカットした。ただし、前髪だけは、目元が目立たないように少し長めに残して。この髪色とヘアスタイルだと、今のようにマスクをして、サングラスをかけると、帽子をかぶっていなくても「BEST FRIENDSの『ヒロ』」だとは誰も気づかないようだった。
「迎えが来てるはず・・・。」
ヒロはサングラスをかけ直すと、それでも注意深く周囲を気にしながら、少しうつむき加減に歩き始めた。韓国を離れた異国の地では、「ヒロ」と分かる人はいなかった。メイクなど一切せず、アクセサリーで身を飾ることもなく、そこではむき出しの「自分」で過ごした。黒ぶちのだて眼鏡ひとつだけが、果敢に「ヒロ」であることを隠し通す任務を遂行していた・・・。そんな頼りないくらいの無防備さで、ヒロは「BEST FRIENDSのヒロ」ではない普通の17歳として生活を送った。ただただ、太陽が眩しいとか、蝉がにぎやかだとか、そんな当たり前のこと、ひとつひとつに心を動かしながら・・・。でも、今、自分が立っているのは異国の地ではない・・・。ホームグランド・・・韓国だ。そして、先日、ヒロのスキャンダルに更に疑惑が持ち上がったばかりのタイミングだった。周りの人の笑顔すべてが嘲笑に見える・・・その目には軽蔑の色が色濃く表れている・・・そんな幻影がヒロの周りをうねりをあげて渦巻く。怖い・・・消えかけ癒やされかけていた感情がくすぶっていた火山のように噴火する・・・ぼくは、まだ・・・こんなにもこんなにも人が怖い・・・。軽いめまいをおぼえ、ヒロは立ち止まった。そして、少し上を見上げると、何かを思い出すように、そうっとジーンズのポケットに左手を入れた。そこにある紙切れに指先が触れる・・・。目をつぶってヒロはそれをぎゅっと握った。その途端、ヒロの周りのうねりは収まり、静寂を取り戻し、代わりに夏の太陽の香りのする空気がヒロを包んだ・・・。そして、それは呼吸と共に口から体内に入り、やさしく全身を駆け巡った。ヒロは、ハアーッと肩で息をすると、マスクの中でずっとへの字に結んでいた口元を緩め、今日初めて笑った。
「すっごい威力・・・」
ヒロはその紙切れをポケットから取り出すと、右手でサングラスを上にずらし、裸眼でその紙切れを見つめた。そこには小さな丸い数字がいくつか書かれていた。その数字がヒロには魔法の呪文のように思えた。この魔法を使ったら・・・。数字をぼんやり眺めながら、ヒロはふとそんなことを考えた。こんな出口の見えない状況なのに、どうしてだろう・・・湧いてくる感情は「幸せ」と名付けていいものばかりだった。この魔法を早く使いたい・・・そんな衝動にもかられる・・・ヒロは目を細めてサングラスを下げた。
「わ!サイテー!!」
突然、大きな金切り声がヒロの耳に飛び込んできた。ヒロの意識が強引に今いる場所に引き戻される。女子の二人組がこっちに顔を向け、大きな声で話しながら前方からやってくる。ネットで飛び交っているそのたぐいの言葉は、ヒロを四方八方どこからでも飛んできて、切りつけ傷つける・・・。
「でしょー。先生、よりにもよって、わたしの答案間違えて、ジソンに渡すなんて~。」
女子二人は、自分たちの話に夢中な様子でヒロの横まで来た。二人が完全に自分の横を通り過ぎるまで、ドクドクと音をたてるような緊張感がヒロの体を覆う。あぶら汗が全身から噴き出す・・・。
「なんだ、違った・・・。」
女子の二人組は、ヒロとは気づかず、別の話をしながら通り過ぎていった。ヒロは体全体の緊張が一気にほどけるのを感じた・・・。スキャンダルを起こしたものにとって、周囲の何気ないおしゃべり、耳打ち、視線、それさえも凶器だった。緊張がほどけるのと同時に、多量のあぶら汗がブワッと背中を伝って滑り落ちる。ヒロはクラッとふらつき、思わず膝に手を当て下を向いた。その瞬間、がっしりと左の脇を誰かの腕に抱えられた。
「ヒロ、大丈夫か。」
ヒロを抱えた男が声をかける。C・Yエンターテインメントの社員で、ヒロの連絡係をしてくれていたイ・ソンウンだった。聞き慣れたイ・ソンウンの声を耳元で聞きながら、ヒロは意識が遠くなるのを感じた。
「椅子までがんばれ。」
ソンウンはヒロの左腕を自分の首に回すと、ヒロを抱え、引きずるように椅子のあるところまで運んだ。ヒロはもうろうとしながら抱えられるままフラフラとついて歩いた。やっと椅子まできて寝かされるのと同時にヒロは意識を失った。
「すっごい汗だ。体も熱い・・・。」
ソンウンは急いで電話をかけ始めた。ヒロはぐったりと椅子に身を任せ、力なく横たわった。サングラスが外れ、彼の顔の横に落ちる。しっかりと握りしめていた左手の力も抜け、ゆっくりと指が開いていく・・・。親指と中指が離れた瞬間、小さな紙切れが人知れずポトン・・・と床に落ちた・・・。サングラスが外れあらわになったヒロの固く閉じられた目。その目尻から・・・汗なのか涙なのか・・・一筋の雫がこぼれて落ちた。そしてそれは・・・紙切れに書かれた小さな7という数字をそっと濡らした・・・。
「・・・こんなに人いたっけ?」
何よりも人の多さに驚いた。3ヶ月前は、当たり前にこの人の波をスイスイと縫うように歩いていた。それなのに、今はなんだか人の波との調和がとれず、ギクシャクとして上手く歩けない。
「フーッ」
ヒロは立ち止まると、サングラスを少し下にずらして、もう一度、周囲を見渡した。デビューしてからは、ハイトーンの髪の色がトレードマークみたいになっていたヒロだったが、ソウルを発つ前、初めて黒髪にした。いつも、どちらかというと長めの髪も短めにカットした。ただし、前髪だけは、目元が目立たないように少し長めに残して。この髪色とヘアスタイルだと、今のようにマスクをして、サングラスをかけると、帽子をかぶっていなくても「BEST FRIENDSの『ヒロ』」だとは誰も気づかないようだった。
「迎えが来てるはず・・・。」
ヒロはサングラスをかけ直すと、それでも注意深く周囲を気にしながら、少しうつむき加減に歩き始めた。韓国を離れた異国の地では、「ヒロ」と分かる人はいなかった。メイクなど一切せず、アクセサリーで身を飾ることもなく、そこではむき出しの「自分」で過ごした。黒ぶちのだて眼鏡ひとつだけが、果敢に「ヒロ」であることを隠し通す任務を遂行していた・・・。そんな頼りないくらいの無防備さで、ヒロは「BEST FRIENDSのヒロ」ではない普通の17歳として生活を送った。ただただ、太陽が眩しいとか、蝉がにぎやかだとか、そんな当たり前のこと、ひとつひとつに心を動かしながら・・・。でも、今、自分が立っているのは異国の地ではない・・・。ホームグランド・・・韓国だ。そして、先日、ヒロのスキャンダルに更に疑惑が持ち上がったばかりのタイミングだった。周りの人の笑顔すべてが嘲笑に見える・・・その目には軽蔑の色が色濃く表れている・・・そんな幻影がヒロの周りをうねりをあげて渦巻く。怖い・・・消えかけ癒やされかけていた感情がくすぶっていた火山のように噴火する・・・ぼくは、まだ・・・こんなにもこんなにも人が怖い・・・。軽いめまいをおぼえ、ヒロは立ち止まった。そして、少し上を見上げると、何かを思い出すように、そうっとジーンズのポケットに左手を入れた。そこにある紙切れに指先が触れる・・・。目をつぶってヒロはそれをぎゅっと握った。その途端、ヒロの周りのうねりは収まり、静寂を取り戻し、代わりに夏の太陽の香りのする空気がヒロを包んだ・・・。そして、それは呼吸と共に口から体内に入り、やさしく全身を駆け巡った。ヒロは、ハアーッと肩で息をすると、マスクの中でずっとへの字に結んでいた口元を緩め、今日初めて笑った。
「すっごい威力・・・」
ヒロはその紙切れをポケットから取り出すと、右手でサングラスを上にずらし、裸眼でその紙切れを見つめた。そこには小さな丸い数字がいくつか書かれていた。その数字がヒロには魔法の呪文のように思えた。この魔法を使ったら・・・。数字をぼんやり眺めながら、ヒロはふとそんなことを考えた。こんな出口の見えない状況なのに、どうしてだろう・・・湧いてくる感情は「幸せ」と名付けていいものばかりだった。この魔法を早く使いたい・・・そんな衝動にもかられる・・・ヒロは目を細めてサングラスを下げた。
「わ!サイテー!!」
突然、大きな金切り声がヒロの耳に飛び込んできた。ヒロの意識が強引に今いる場所に引き戻される。女子の二人組がこっちに顔を向け、大きな声で話しながら前方からやってくる。ネットで飛び交っているそのたぐいの言葉は、ヒロを四方八方どこからでも飛んできて、切りつけ傷つける・・・。
「でしょー。先生、よりにもよって、わたしの答案間違えて、ジソンに渡すなんて~。」
女子二人は、自分たちの話に夢中な様子でヒロの横まで来た。二人が完全に自分の横を通り過ぎるまで、ドクドクと音をたてるような緊張感がヒロの体を覆う。あぶら汗が全身から噴き出す・・・。
「なんだ、違った・・・。」
女子の二人組は、ヒロとは気づかず、別の話をしながら通り過ぎていった。ヒロは体全体の緊張が一気にほどけるのを感じた・・・。スキャンダルを起こしたものにとって、周囲の何気ないおしゃべり、耳打ち、視線、それさえも凶器だった。緊張がほどけるのと同時に、多量のあぶら汗がブワッと背中を伝って滑り落ちる。ヒロはクラッとふらつき、思わず膝に手を当て下を向いた。その瞬間、がっしりと左の脇を誰かの腕に抱えられた。
「ヒロ、大丈夫か。」
ヒロを抱えた男が声をかける。C・Yエンターテインメントの社員で、ヒロの連絡係をしてくれていたイ・ソンウンだった。聞き慣れたイ・ソンウンの声を耳元で聞きながら、ヒロは意識が遠くなるのを感じた。
「椅子までがんばれ。」
ソンウンはヒロの左腕を自分の首に回すと、ヒロを抱え、引きずるように椅子のあるところまで運んだ。ヒロはもうろうとしながら抱えられるままフラフラとついて歩いた。やっと椅子まできて寝かされるのと同時にヒロは意識を失った。
「すっごい汗だ。体も熱い・・・。」
ソンウンは急いで電話をかけ始めた。ヒロはぐったりと椅子に身を任せ、力なく横たわった。サングラスが外れ、彼の顔の横に落ちる。しっかりと握りしめていた左手の力も抜け、ゆっくりと指が開いていく・・・。親指と中指が離れた瞬間、小さな紙切れが人知れずポトン・・・と床に落ちた・・・。サングラスが外れあらわになったヒロの固く閉じられた目。その目尻から・・・汗なのか涙なのか・・・一筋の雫がこぼれて落ちた。そしてそれは・・・紙切れに書かれた小さな7という数字をそっと濡らした・・・。