Summer Day ~夏の初めの転校生。あなたは誰?~
6月の拳
「ぎゃ~、お似合いすぎる!!うらやましい~!!」
奈津が悠介にパンチすると、応援席から女子たちの悲鳴が聞こえた。
「わ、またやっちゃった!」
つい、昔からの癖でやっちゃうんだよね~。とペロッと小さく舌を出した。奈津は今でこそマネージャーだが、小・中学生の時は、悠介と同じサッカーチームに所属していて、当時はバリバリのプレイヤーだった。小学生の時の夢は本気で「ナデシコジャパンに入ること!」だった。小さい頃から男子のチームに混ざり、悠介と一緒にプレイしていた仲なので、ついつい試合に勝ったりすると、当時のプレイヤー同士みたいになってしまって、男女を超越した喜び方をしてしまう。中学生までは、それで全く問題なし!だった。それなのに、最近は同じ事をしても、周りの反応が過剰過ぎて、奈津の方が困ってしまう。確かに、中学2年まで奈津よりチビだった悠介ががどんどん成長して、背も伸びて、周りからも「イケメン」などと呼ばれだし、その上、サッカーでもみんなが惚れるようなプレイをするんだから、女子たちが黙っているはずがない。
「悠介のファンの皆さん、わたしは何でもありません!ただのしがないマネージャーです!ごめん!」
と奈津は心の中で謝るが、
「わたしにとっては、昔から悠介は悠介だし、悠介にしたって、わたしは男と変わらないって。もう、ただの幼なじみだってあれだけ言ってるのに!」
と勝手に誤解して、勝手に騒いでいる周りに不満はある。それに、サッカー以外は面倒くさがり屋の悠介が、本気で誤解を解こうとしないのにも問題がある!でも、まあ、今日は、なにはともあれ、嬉しい勝利!余計なことで気を揉むのやめようっと。奈津はちょっとほっぺを膨らませ、一瞬ムスッとしたが、すぐ気を取り直し、顔を笑顔にもどした。その時、騒いでいる5人の女子たちの向こうに黒いキャップのスラッとした後ろ姿が見えた。
「あ、コウキ?」
あの雨の日、今日の試合見に来るって言ってた。
「来てたんだ。」
後ろ姿だけど、あれは、きっとコウキだ。そう、確信すると、ふっと口元が緩んだ。勝利の嬉しさとは違う種類の嬉しさがこみ上げてきた。
「奈津先輩!やりましたね~!」
ベンチには入らなかった1年生のマネージャー詩帆ちゃんの大きな声で我に返り、奈津はそちらに目を向けた。
「ありがとう!!ほんと、みんなやったね!!」
奈津は詩帆ちゃんに大きく手を振ってから、コウキに目を戻した。でも、もう、そこにコウキの後ろ姿はなかった。
トックン・・・
心臓の音が周りにも聞こえたような気がした・・・。奈津は慌てて拳で胸を押さえると、試合の後片付けをしにベンチに向かった・・・。
「アメリカのどこのダンススクールか分かりました?」
ジュンはリーダーのドンヒョンがスマホを置くとすぐに尋ねた。ドンヒョンは首を振ると、
「キム先輩たちも分からないって。」
とため息をついて答えた。
ヒロが旅立ったと知ってすぐに、メンバーたちは、ユン代表に、「ヒロに会いたい。」と掛け合った。しかし、代表は低い、威圧的な声で、
「ヒロのことはそっとしておけ。連絡も取ろうとするな。」
と一喝するだけだった。周りのスタッフたちもヒロのことに触れると緊張感が走る。だから、メンバーたちは、それ以上は事務所には何も聞けない状況だった。ヒロはいつも使っているスマホの電源も切っているようで、まるで連絡がつかない。それなら、通っているダンススクールに連絡を入れようと心当たりのダンススクールを当たったのだが、そこにもヒロは通っている形跡はなかった。だから、知り合いのダンサーたちに、訊いて回っているのだが、未だにどのダンススクールか見当もつかない。メンバーたちは、釜山にいるヒロの両親にもダンススクールのことを訊いてみたが、ヒロから、「心配しないで。」の連絡が一度入ったきりで、ヒロの両親も詳しい情報は知らなかった。それでも、メンバーたちはあきらめるつもりはなかった・・。こちらから連絡を取らなくても、時期がくればヒロは戻ってくるのかもしれない・・・。でも、もう、このまま、ヒロは戻って来ないのかもしれない・・・。
「あいつはこんなことするやつじゃない・・・。あんなに、このBEST FRIENDSが好きで、オレたちメンバーのことが好きで、ファンも大事にしてて、だから、どんなにしんどくても、いつも嬉しそうに笑ってたのに・・・。あいつが、オレたちに心配かけるの分かってて、黙っていなくなるっていう事が、もう異常事態だ・・。」
シャープはいろんな思いをできるだけ表情に出さないようにしながら、でも、強めの口調で言った。
「いつも、自分が一番できてないから・・って、みんなの足引っ張らないように・・って、『もう、すごく上手ですよ。』って何度言っても練習をやめなかったです。あんなに練習する人、ぼく、見たことがないです。」
マンネ(一番年下)のヨンミンが5人の顔を見ながら言った。
「ダンスや歌をあんなに頑張ってたのに。今回のスキャンダルであいつのいろんなものが粉々だ・・・。オレたちの足を引っ張ったって、それもすごく心配してた。あいつ本当に心を痛めたんだろうな・・・。」
ヒロと同室でムードメーカーのシャインがそう言うと、その言葉にかぶせるように、ジュンは、
「違う・・・、あいつ・・・、心を痛めたんじゃない。心が折れたんだ・・・。」
と拳を握り締めながらつぶやいた・・・。
学校でサッカーの用具を片付けると、サッカー部は解散になり、それぞれが家路についた。同じ野々宮地区の奈津と悠介は途中まで、5、6人のメンバーと連なって自転車で帰っていたが、途中からはいつもの通り、二人になった。車の通る大通りを過ぎ、田んぼの間の田舎道になると、それまで前後で走っていた自転車を、二人は横に並べて 走り出した。今日の解散時間はまだ早く、太陽が田んぼにはった水に反射してまぶしかった。田植えが終わったばかりの田んぼには小さな稲たちがかわいらしく並んでいた。
「悠介、ちょっと、わたしまた、悠介のファンたちに誤解されちゃったよ。ちゃんと悠介からも誤解だって、おれには彼女はまだいません、フリーですって言っといてね!」
と奈津はちょっとムッとしたように悠介に言った。悠介は前を向いて自転車をこいだまま、
「めんどくさいんだよな~。そういうの。彼女は欲しいけど!」
とため息をつきながら答えた。そして、そのまましばらく自転車をこぐと、悠介は前を向いたまま、
「いちいち誤解を解くのめんどくさいからさあ、おれたちこのまま付き合っちゃう?」
と言った。田んぼの上を通る、梅雨の湿気を含んだ温かい風がさわさわと吹き、いろんな植物のにおいと共に奈津と悠介を取り囲んでいる。奈津はプッと笑うと、
「恋愛系が面倒くさくなると、すぐその冗談言うんだから!!だから、近場でお手軽に済ましたらいけんって。悠介はモテモテなんだから、こういうことは面倒くさがらずに、ちゃんとせんと!もう!何回目っけ、この冗談。」
と奈津は湿り気の多い風とは裏腹に、カラッと笑う。
「ええっと、4回目!!なんなん、オレ、また、奈津に振られたやん!」
お笑いのツッコミ風に答えると、悠介もプッと笑った。それから、その話題には触れず、奈津は今日の試合のダイジェストを悠介に熱く語った。悠介も時々、奈津の話に自分の熱い思いをプラスした。
「よし、じゃあ、次は宇部農高だね!悠介、次も勝利のプレゼント、よろしく!」
分かれ道に来ると、奈津は悠介に檄を飛ばし、手を挙げると、
「また、明日ね!」
と道を右にスーッと曲がって行った。
「おう、明日な~!」
悠介は自転車を停めると、しばらく奈津の後ろ姿を見送った。そして、「はあ~。」と大きくため息をつくと下を向き、握りしめていた拳をハンドルに一回叩きつけた。顔を上げ、奈津が走り去った方に目をやった。そこは田んぼと空だけ残されて、奈津の姿はもう見えなくなっていた・・・。
奈津が悠介にパンチすると、応援席から女子たちの悲鳴が聞こえた。
「わ、またやっちゃった!」
つい、昔からの癖でやっちゃうんだよね~。とペロッと小さく舌を出した。奈津は今でこそマネージャーだが、小・中学生の時は、悠介と同じサッカーチームに所属していて、当時はバリバリのプレイヤーだった。小学生の時の夢は本気で「ナデシコジャパンに入ること!」だった。小さい頃から男子のチームに混ざり、悠介と一緒にプレイしていた仲なので、ついつい試合に勝ったりすると、当時のプレイヤー同士みたいになってしまって、男女を超越した喜び方をしてしまう。中学生までは、それで全く問題なし!だった。それなのに、最近は同じ事をしても、周りの反応が過剰過ぎて、奈津の方が困ってしまう。確かに、中学2年まで奈津よりチビだった悠介ががどんどん成長して、背も伸びて、周りからも「イケメン」などと呼ばれだし、その上、サッカーでもみんなが惚れるようなプレイをするんだから、女子たちが黙っているはずがない。
「悠介のファンの皆さん、わたしは何でもありません!ただのしがないマネージャーです!ごめん!」
と奈津は心の中で謝るが、
「わたしにとっては、昔から悠介は悠介だし、悠介にしたって、わたしは男と変わらないって。もう、ただの幼なじみだってあれだけ言ってるのに!」
と勝手に誤解して、勝手に騒いでいる周りに不満はある。それに、サッカー以外は面倒くさがり屋の悠介が、本気で誤解を解こうとしないのにも問題がある!でも、まあ、今日は、なにはともあれ、嬉しい勝利!余計なことで気を揉むのやめようっと。奈津はちょっとほっぺを膨らませ、一瞬ムスッとしたが、すぐ気を取り直し、顔を笑顔にもどした。その時、騒いでいる5人の女子たちの向こうに黒いキャップのスラッとした後ろ姿が見えた。
「あ、コウキ?」
あの雨の日、今日の試合見に来るって言ってた。
「来てたんだ。」
後ろ姿だけど、あれは、きっとコウキだ。そう、確信すると、ふっと口元が緩んだ。勝利の嬉しさとは違う種類の嬉しさがこみ上げてきた。
「奈津先輩!やりましたね~!」
ベンチには入らなかった1年生のマネージャー詩帆ちゃんの大きな声で我に返り、奈津はそちらに目を向けた。
「ありがとう!!ほんと、みんなやったね!!」
奈津は詩帆ちゃんに大きく手を振ってから、コウキに目を戻した。でも、もう、そこにコウキの後ろ姿はなかった。
トックン・・・
心臓の音が周りにも聞こえたような気がした・・・。奈津は慌てて拳で胸を押さえると、試合の後片付けをしにベンチに向かった・・・。
「アメリカのどこのダンススクールか分かりました?」
ジュンはリーダーのドンヒョンがスマホを置くとすぐに尋ねた。ドンヒョンは首を振ると、
「キム先輩たちも分からないって。」
とため息をついて答えた。
ヒロが旅立ったと知ってすぐに、メンバーたちは、ユン代表に、「ヒロに会いたい。」と掛け合った。しかし、代表は低い、威圧的な声で、
「ヒロのことはそっとしておけ。連絡も取ろうとするな。」
と一喝するだけだった。周りのスタッフたちもヒロのことに触れると緊張感が走る。だから、メンバーたちは、それ以上は事務所には何も聞けない状況だった。ヒロはいつも使っているスマホの電源も切っているようで、まるで連絡がつかない。それなら、通っているダンススクールに連絡を入れようと心当たりのダンススクールを当たったのだが、そこにもヒロは通っている形跡はなかった。だから、知り合いのダンサーたちに、訊いて回っているのだが、未だにどのダンススクールか見当もつかない。メンバーたちは、釜山にいるヒロの両親にもダンススクールのことを訊いてみたが、ヒロから、「心配しないで。」の連絡が一度入ったきりで、ヒロの両親も詳しい情報は知らなかった。それでも、メンバーたちはあきらめるつもりはなかった・・。こちらから連絡を取らなくても、時期がくればヒロは戻ってくるのかもしれない・・・。でも、もう、このまま、ヒロは戻って来ないのかもしれない・・・。
「あいつはこんなことするやつじゃない・・・。あんなに、このBEST FRIENDSが好きで、オレたちメンバーのことが好きで、ファンも大事にしてて、だから、どんなにしんどくても、いつも嬉しそうに笑ってたのに・・・。あいつが、オレたちに心配かけるの分かってて、黙っていなくなるっていう事が、もう異常事態だ・・。」
シャープはいろんな思いをできるだけ表情に出さないようにしながら、でも、強めの口調で言った。
「いつも、自分が一番できてないから・・って、みんなの足引っ張らないように・・って、『もう、すごく上手ですよ。』って何度言っても練習をやめなかったです。あんなに練習する人、ぼく、見たことがないです。」
マンネ(一番年下)のヨンミンが5人の顔を見ながら言った。
「ダンスや歌をあんなに頑張ってたのに。今回のスキャンダルであいつのいろんなものが粉々だ・・・。オレたちの足を引っ張ったって、それもすごく心配してた。あいつ本当に心を痛めたんだろうな・・・。」
ヒロと同室でムードメーカーのシャインがそう言うと、その言葉にかぶせるように、ジュンは、
「違う・・・、あいつ・・・、心を痛めたんじゃない。心が折れたんだ・・・。」
と拳を握り締めながらつぶやいた・・・。
学校でサッカーの用具を片付けると、サッカー部は解散になり、それぞれが家路についた。同じ野々宮地区の奈津と悠介は途中まで、5、6人のメンバーと連なって自転車で帰っていたが、途中からはいつもの通り、二人になった。車の通る大通りを過ぎ、田んぼの間の田舎道になると、それまで前後で走っていた自転車を、二人は横に並べて 走り出した。今日の解散時間はまだ早く、太陽が田んぼにはった水に反射してまぶしかった。田植えが終わったばかりの田んぼには小さな稲たちがかわいらしく並んでいた。
「悠介、ちょっと、わたしまた、悠介のファンたちに誤解されちゃったよ。ちゃんと悠介からも誤解だって、おれには彼女はまだいません、フリーですって言っといてね!」
と奈津はちょっとムッとしたように悠介に言った。悠介は前を向いて自転車をこいだまま、
「めんどくさいんだよな~。そういうの。彼女は欲しいけど!」
とため息をつきながら答えた。そして、そのまましばらく自転車をこぐと、悠介は前を向いたまま、
「いちいち誤解を解くのめんどくさいからさあ、おれたちこのまま付き合っちゃう?」
と言った。田んぼの上を通る、梅雨の湿気を含んだ温かい風がさわさわと吹き、いろんな植物のにおいと共に奈津と悠介を取り囲んでいる。奈津はプッと笑うと、
「恋愛系が面倒くさくなると、すぐその冗談言うんだから!!だから、近場でお手軽に済ましたらいけんって。悠介はモテモテなんだから、こういうことは面倒くさがらずに、ちゃんとせんと!もう!何回目っけ、この冗談。」
と奈津は湿り気の多い風とは裏腹に、カラッと笑う。
「ええっと、4回目!!なんなん、オレ、また、奈津に振られたやん!」
お笑いのツッコミ風に答えると、悠介もプッと笑った。それから、その話題には触れず、奈津は今日の試合のダイジェストを悠介に熱く語った。悠介も時々、奈津の話に自分の熱い思いをプラスした。
「よし、じゃあ、次は宇部農高だね!悠介、次も勝利のプレゼント、よろしく!」
分かれ道に来ると、奈津は悠介に檄を飛ばし、手を挙げると、
「また、明日ね!」
と道を右にスーッと曲がって行った。
「おう、明日な~!」
悠介は自転車を停めると、しばらく奈津の後ろ姿を見送った。そして、「はあ~。」と大きくため息をつくと下を向き、握りしめていた拳をハンドルに一回叩きつけた。顔を上げ、奈津が走り去った方に目をやった。そこは田んぼと空だけ残されて、奈津の姿はもう見えなくなっていた・・・。