やがて春が来るまでの、僕らの話。
「ハナエちゃーん」
少し暇な店内で、バーカウンターの近くにいるハナエちゃんを呼ぶ。
「どうしたの?」
「今日律くん実家行ってていないんでしょ?」
「うん」
「じゃあさ、帰りちょっと付き合ってくんない?」
「うん?」
仕事帰り、2人で店を出て、2人で車に乗り込んだ。
行き場所は、俺がいつも1人で行く街外れにある静かな丘。
そこは車で住宅街を抜けて、長くて急な坂道を登って2分くらい歩いたところにある丘だ。
てっぺんに1本の木が立っていて、さっき走った住宅街も、もちろん俺たちが働く賑やかな街も、全部がおもちゃみたいに見下ろせる静かな場所だ。
体が疲れたときじゃなくて、心が疲れたときに俺はよくここにくる。
静かでいいんだ、この場所。
「すごい静か」
「でしょ?」
3月のまだ寒い空の下、丘の上に座りこんだ。