やがて春が来るまでの、僕らの話。



「水、飲む?」

「あ、うん」


立ち上がった柏木くんが、キッチンに向かった。

見渡して見える柏木くんの部屋の中は、高校生の彼の部屋と同じようにゲームが沢山置いてあった。

あの頃となにも変わらないように見える、柏木くんの独り暮らしの部屋の中。


だけどきっと全然違う。


あの頃の柏木くんとは、全然……



「はい」

「ありがとう」



水を受け取って、ごくごく飲んだ。

胃の辺りがずっとムカムカするのは、きっと二日酔いのせい。

曖昧な記憶をできるだけ思い出してみたら、相当な勢いで飲む姿が浮かんでくるから。


陽菜のことを思い出して、2人で苦しくなって悲しくなって。

そんな現実から逃げたくて、記憶を消したくて、逃げるように飲んだお酒。



……なんて、本当は違う。


本当は逃げたかったわけじゃない。

本当は、消えてしまいそうな柏木くんを繋ぎ止めたかっただけ。



1人になんて、できなかっただけ……



< 356 / 566 >

この作品をシェア

pagetop