獅子に戯れる兎のように
 すっかり意気投合してる。
 盛り上がっているのは日向とおばちゃんだけ。

 食事中の社員は聞こえているくせに、素知らぬ顔だ。

 私は食事もそこそこに立ち上がる。これでまた噂に火がつくと思うと、ご飯が喉を通らない。

「雨宮さん体調悪いんですか?食事こんなに残ってますよ」

 それは……
 あなたのせいよ。

「俺ならもうすみましたから、ゆっくり召し上がって下さい。迷惑掛けてすみませんでした」

 日向は食堂にいた者に視線を向けた。

「俺と雨宮さんは同じ総務部です。交際しているわけではありません。なので変な噂は流さないで下さい。以上」

「……っ」

 穴があったら入りたいとは、きっとこんな心境をいうに違いない。

 そっぽを向いている社員に、わざわざ私達の自己紹介して、逆効果だと思わないのかな。

 よほどの自信家なのか、頭が悪いかのどちらかだ。

 日向が食堂から出て行くと、おばちゃんが私に視線を向けた。

「日向さんは実に気持ちがいい。今時の若い子はしっかりしてるね。雨宮さん朝食はよく噛んで、残さず食べてね」

 残さず食べてと言われ、椅子に腰を落とす。

『ご飯を粗末にしてはダメよ』母の口癖が耳に蘇る。『農家の方が汗水垂らして作ったお米や作物は、残さず完食しなさい』父の小言が脳裏を過ぎる。

「……わかってるよ」

 味付け海苔をご飯の上に乗せ、半ばやけ食いのようにパクパクと頬張る。

 私は何に怒ってるんだろう。

 日向がしつこいから?
 それとも……日向が『交際しているわけではありません』と断言したから?

「あんなにはっきり否定しなくても……」

 まるで女であることを否定されたようで、少し癪に障る。
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