獅子に戯れる兎のように
 数分後、ドアをノックする音がした。誰かに見られていないか、ヒヤヒヤしながらドアを開ける。

「こんばんは」

「暢気に挨拶しないで。誰かに見られたら……」

「だったら、少しだけ玄関フロアをお借りします」

「……えっ?」

 日向はスッと中に入り、私の足元に膝まづいた。修理したパンプスを取り出し、私の左足に手を添えた。

「右も履いてみて。バランスは大丈夫ですか?」

「……日向さん」

 膝まづいたまま私を見上げる日向。その眼差しにトクトクと鼓動が速まる。

「ありがとう。大丈夫です。ここは女子寮よ。誰かに見られたら誤解されてしまうわ。早く戻って……」

 日向がスッと立ち上がる。

「誤解されても平気です。もっと噂されてもいい。それで雨宮さんが俺を意識してくれるなら」

 さっきまで私を見上げていた日向が、今は私を見下ろしている。全身が火照り言葉を失う。

「……これタクシー代。お返しします。使わなかったから。それとパンプスの修理代……おいくらですか?」

 日向に背を向け、財布を取りに室内に戻ろうとした時、背後から抱き締められた。

「お金なんていらない。どうして視線を逸らすんですか?どうして耳を塞ぐんですか?俺は雨宮さんが好きです」

 こんなこと……
 今まで言われたことないよ。

「日向さん……。困ります離して下さい……」

「ちゃんと答えてくれるまで離さない」

「年上をからかわないで」

 廊下を歩く靴音と女子の話し声がし、私と日向は目を見合わせ息を潜める。

 ――次の瞬間……
 日向の唇が私の唇を塞いだ。

 隣室でガチャガチャと鍵を開ける音がする。日向の胸を叩くが強く抱き締められたまま、声を上げることが出来ない。

 日向はそれを承知の上で、私にキスをしている。

 隣室のドアが閉まり、やっと日向が私から離れた。
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