獅子に戯れる兎のように
「……日向さん、ちょっと待って」

 私のトレイを勝手に自分の席に置き、日向は真っ直ぐ私を見つめた。

「ここが雨宮さんの指定席、食堂のおばちゃんから聞きました」

「……っ」

「俺、同席してもいいですか?ダメなら席を移るけど」

 食堂にいる社員達。
 みんな私達の会話を聞いている。その視線が怖くて振り向けない。

「勝手にすれば」

 ぶっきらぼうに答えたが、鼓動はトクトクと速まる。

 私……どうしたんだろう。
 日向を完全に意識している。
 実家に戻る前よりも、確実に意識している。

 日向と目を合わせられない。
 日向と会話出来ない。
 同席しているのに、視線をどこに向ければいいのかわからない。

 ご飯が喉に突っ掛かる。
 言葉も喉に張り付く。

 その言葉ごと、お茶で胃に流し込む。

 ダメだ……。
 また噂されてしまう。

 きっと今まで以上に。

 噂の発信元は、吉倉に違いないから。

 ◇

 職場での私と日向。
 同じ部署だけど、課が異なるため席は離れている。

 私の属する総務部庶務課はフロアの一番隅。

「雨宮さん、婦人服売り場の社員の残業、今月ハンパないですね。雨宮さん、聞いてますか?」

「えっ?何か言った?」

 連続休暇で溜まった伝票。
 パソコンの前に座り、部門ごとに諸経費を分類し入力する。

「完全に手が止まってますけど。まだ熱あるんですか?ていうか、連続休暇消化せず、有給休暇消化すればよかったのに。私ならそうしますけど」

 みんな同じこと言ってる。

「そういう訳にもいかないでしょう。で、何だっけ?」

「別にいいです」

 山川の左手の薬指にキラリと指輪が光る。プラチナのリングに大きなダイヤと小さなルビーがついている。
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